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本気で誰かに恋したことがあるか、そう聞かれれば答えはイエスだった。それが叶わずとも、俺だって誰かを本気で想ったことはある。
もちろん、そんな神宮寺レンを求められていない環境では、それをオープンにはしない。求められるなら、百戦錬磨の俺でいるさ。
自分自身、誰か一人の女性を想うことがあるとは、思いもしなかった。そんな自分が、想像もつかなかった時期だってある。言い寄ってくる女の子で十分だった時期も、それじゃ足りなくなった時期も。自分を、見失うこともあった。
恋は人を愚かにする、と言う人もいるけれど、俺はこう思う。本気の恋は、人を強くする、と。そして、いとも簡単に自分を変えてしまうとも。



「ブッキーが俺にそんな顔を見せる日が来るとは思わなかった。」


俺の言葉に、目の前の彼は、苦く笑った。
彼が俺に対して、不安げな表情を見せることはなかったんだ、今まで。もちろん、俺達の間柄っていうのもあったけれど、それ以上に、ブッキーはある意味、器用だった。
アイドルとしての寿嶺二の顔も、QUARTET NIGHTでの顔も、先輩として振る舞う時の顔も、少しづつ違って、そして、この中のどれにも、不安気な表情はない。
収録終わりのプライベートバ―で、珍しくお酒を飲んだブッキーから漏れた言葉には、むしろ、俺が驚いたよ。
ああ、キミもそんな風になるんだ。って。


「僕は、完璧なんかじゃないからね。」
「みんな、完璧なんかじゃないさ。」


俺だって同じだ。いいや、同じ事務所のメンバーである誰だって、完璧なんて人はいない。もちろん、今まで出会ったどんな経営者だって、成功者と呼ばれる人達だって、おなじく。その立場でいるときは完璧を振舞っても、すべてが完璧な人間ではない。
だからこそ、面白くもあって、だからこそ、不思議でもあるんだ、人間と言うのは。不完全であるが故に、きっと、自分にないものを持った人に、焦がれてしまう。
それで、いいんだ。俺達は完璧でなくても、一人ではないことを、俺は先輩たちに、教えられた。



「キミは一歩を踏み出した方がいい。」


その女性は、ある意味、無知だった。何も知らない、だからこそ、一歩を踏み出せないのかもしれない。それらを感性が違うだとか、性格のせいだと言ってしまえば、それで終わりだけど。そんな言葉を使って現状から逃げることは、酷く容易い。
自分にはできないと、そんな人間じゃないと、頑なに頑固になる彼女は、酷く自分勝手な女性に見えた。アア、こういう女性は、俺の苦手になるのか、と不意に気づく。自分の憧れた女性の友人だってことを抜きにすれば、きっと冷たくあしらってしまっただろうな。
特に、自分の大切な先輩が想う相手だ。本気で彼が悩んでいるのを知る分、こんな女性でいいのか。と、それが正直な感想だった。もとより、あまり彼女を知るわけではない俺にとっては、彼女の評価は、今回の件を含めると、最悪だ。
どんな風に育ったかなんて、どうだっていい。どんな性格で、どんなことを、経験してきたかも。そんなのを言い訳にするのは、ちっぽけな自分を守りたいからだろう?

数多くの人間を見てきて、気付いたことがある。
世の中には、感性を増やしてきている人と、少ないままで生きている人がいる。そして、性格と呼ばれるものは、日々の考えや行動の習慣が、形になったものでしかない、と。
少ないままが悪いとは、決して言わないさ。けれど、増やそうとしなければ、増えることはない。自分が無知であることから目を背けるのは、簡単すぎることだった。
頑固で、プライドが高いキミは、今の自分が嫌だと言いながら、実際のところは、そこから変わりたいなんて微塵も思っていないのかな?流石に、それを伝えたら、ともだちサンに大目玉をくらってしまうか。彼女は、変わりたい、その表面だけの言葉を、本気で信じてしまう人だった。何度も同じ言葉に裏切られてきても、人はなりたい自分になれると、その信念を曲げない。
ああ。やっぱり、俺は目の前の女性が、苦手だ。


「大人になったら、知らないと分からないは、通用しないからね。」


意味が分かれば、厳しい言葉を投げかけたつもりだった。

両者ども見ている俺達は、よく分かっている。この恋が、叶うということを。
彼女が諦めてしまえば、その理由は、自分でしかない。叶うことは、決まっているのに、信じられなかったのは自分でしかない。つまり、目を逸らしたのは自分になるんだ。そんなことを繰り返す生き方は、あまりにも、学習能力がない。


「キミ達に、悲しい恋は似合わなないよ。」


選択は、人それぞれ。
俺達の言葉に従う必要はない。だけど、もし本当に手に入れたいのであれば、信じることも、必要だった。
本当は、可能性が0ではないことなんて、分かってるんだろう?なぜなら、キミは既に不安を手にしている。決して手にはいらないものに焦がれても、不安に感じるわけがない。可能性があるから、不安は生まれるものだった。
素直じゃないと、逃げるのはやめて。自分はこうだからと決めつけないで。変わりたいと思い踏み出したその瞬間から、キミは新しい自分になれる。




(ともだちサンは、バロンを好きになった時、変わろうと思わなかった?)(うーん、彼と出逢ったあたりから色々な人と出逢って、変わるキッカケはもらってたから、自然に変わることができていたかもね。でも、逃げなくって正解だったと思う。)(逃げない、か。)(わたしの場合、みんなが応援してくれてたでしょう?)(そうだね、とっても。)(そういう想いを汲めたから、勇気を出せたってのも大きいの。)(確かに。想いを汲む能力は本当に人間力だな、って感じるよ。どんな気持ちで伝えられているのか、そこを汲める人って案外少ないんだ。)(人にされて嬉しいことをする、人にされてやなことはしない。案外、それって見落としがちかもね。)(どうしてだろう?)(知らないだけでしょう、きっと。)(じゃあ、なまえサンは、無知すぎるね。)(今まで知らなかった分、これから経験すればいいだけよ。)(ともだちサンは、彼女に甘すぎるね?)(そう?)(あの年齢になって変われる人間は、一握りだと俺は思うよ。)(価値観が雁字搦めな人も多いからね。でも、恋って、人をとても変えるのよ。)(キミは、彼女ほど変わる必要があったように見えないけど。)(もう、神宮寺くん?人それぞれでしょう。何より、信じる力が、一番のパワーなんだから。)(自分で自分を信じられない彼女でも?)(それでも、彼女が進みたいなら、必ずそんな葛藤抜けてこれるって、信じてる。)
Love makes me Strong.
(魔法は、ない。だけど、変わることは、自分次第。)







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