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じりじりと、太陽があたりを焼き照らす。いつの間にか、季節は2回も入れ替わっていた。春がほとんどないってのもそうだけど、それ以上に、僕の生活は慌ただしかったと、言い訳はさせてほしい。

3月に行われたグループの単独ライブは大成功。
5月に行われた合同ライブも同様で、沢山のみんなの声援を受けた僕等は、この時期に一気に力が抜けていた。少しの間だけの休憩ってこと。だからと言って、仕事がないわけじゃない。オフタイムを少し増やした、って意味だ。1カ月前に比べると、色んなことが落ち着いた気がする。


アー、その。
恋から、目を背けていたわけじゃない。その間に、連絡は途切れさせることはしなかったし、会えるチャンスは外さなかった。でも、その数が減ってしまったことは、僕の状態を知っているみんなからすると”逃げてる”だったかもしれない。
忙しい、って。時間がない、って。
そんな言い訳を重ねるのは、凄く簡単だから。時間は元より作るもので、それは僕達、業界人では当たり前のことだった。僕が、忙しくって、と口にした時、同じグループのみんなに冷ややかな視線を貰ったのも、当然だったね。
結局どうするんだと詰められるのは苦手で。それを知っている周りは、僕の言動に何かを言うわけではなかったけれど。僕自身、まるで逃げてるみたいだって、自分の行動に苛立ちが募ったのは事実。いっそ、言ってもらえたら何か変わったかも、と思うのは、言い訳がましいかな。

気付いた時には、そんな言い訳まみれになって、1歩も動けなくなる気がする。このままじゃ、埒が明かなかった。



「ご存知、なかったんですか?」
「あ、いや、そう、だね。」


目の前で大きな瞳を見開かせて驚いた後輩ちゃんに、歯切れの悪い回答をすれば、彼女は困ったように眉を下げた。謝る必要はひとつもないのに律儀に謝るところは、彼女らしさでもある。


「ともだちさんがお仕事で来れない代わりに、ご一緒させていただいたんです。」
「アー、なるほど、」


もう3か月も前のことを掘り返されるなんて、頭の片隅にもなかった。そういえば、とティーカップに口づけた彼女が切り出した内容には、頭を抱えたよ。それは、僕らの待ちに待っていた単独公演のことだった。
だって、僕は、想像もしなかったんだ。僕が想う女性が、そこにいるなんて。そして、知らなかったんだ。まさか、その場に、いたなんて。
ともだちも意地が悪い。アイドルのアナタ達に興味はないもの、と彼女の大事な仕事を優先したのは、正直予想通りだってけれど、そのチケットの行き先が、なまえちゃんだったなんて。
ソコが空席だってよかった。ファンの子なら、空席を作らないために、って言ってくれるかな。でも、そこは元々、ファンのコとは別枠だったし。ファンではない、友人であるともだちに用意をした席で、彼女がどうしようと勝手。だけど、それとこれとは、話が全く別だ。
確かにともだちとは、もし見に来てもらえたらどう?って会話はした記憶がある。見に来て欲しいと言えるほど素直じゃないし、見に来て欲しいようなそうじゃないような、複雑な気持ちだ、ってそんな回答をした記憶もある。
それが事実起きていたってのを知った今の感情も、同じく”複雑”だった。わざわざ足を運んでくれたことが嬉しいような、知らなかったことが悔しいような。知っていたら、それどころじゃなく緊張したかもしれない。


「お付き合いしていても、そういうことはお話になられないんですね。」
「え?」
「寿先輩は、もっとお話しされてるのかと。」
「いや、あの、」


ちょっと、待って。と思わずストップをかけなければ、僕の頭がついていかなかった。


「はい?」
「誰と、誰が、」
「あれ、寿先輩、なまえさんとお付き合いされてるんじゃ、」
「してないしてない!」


後輩ちゃんは、不意になんていう爆弾を落とすんだろうか。予想もしていなかった発言に、頭の中で色んな想像をした結果、クーラーをつけた部屋だっていうのもかかわらず、氷の入った水を飲みほしてしまった。
びっくりしてたのは、目の前にいる彼女の方で、何も知らない後輩ちゃんには悪いけど、少しだけ今のは、”らしく”なかったかも。ごめんね、と伝えたのは、僕の方だ。


「まだ、だったんですね。」
「まだ、っていうか、」
「もうすぐ、ですか?」


そう笑う後輩ちゃんに、何故だか背中を押された気分。
なんで、って。叶わないって思ってるのが僕だけだって、改めて気付かされたからだ。もしかしたら、そんな未来があるのかも、ってまるでリアルに考えて、それが”欲しい”って思わされたからだ。
未来がどうなるかなんて分からないのに、その未来から背中を向けていちゃ何にも始まらない。何より、僕が僕の未来をもっと信じたいと思った。
みんなからもらった勇気、いつ使うの。


「今でしょ、ってね。」
「ふふ、ですね!」


ねえ、なまえちゃん。
キミに伝えたい想いがある。




(でも、すごく意外でした。)(え?)(寿先輩は、もっと恋愛ごとに対してスマートなのかと思っていたので。)(スマートじゃない?)(スマートじゃない、というより、なんだかそういうところが、いつもと違って、更に魅力的に見えますね。)(いつもと違うのに?)(みんなギャップには弱いんです。)(ギャップか〜。)(寿先輩も、案外不器用なところがあるんだって。失礼かもしれないけれど、距離が近く感じちゃいます。)(僕は器用じゃないと思うんだけどなあ。)(わたし達には、ずいぶんと器用に見えるんですよ?)(そう?)(だから、たまに遠く見えるのかも。)(遠い?)(ある意味、完璧だから、不安になるんです。)(やだなあ、僕は完璧なんかじゃないってば〜!)(ほら、そういうところ。)(え?)(わたしが寿先輩を好きだったら心配しちゃいます。どの言葉が本当なのか、分からなくなっちゃいそうで。)(そう、かな。)(寿先輩は、みなさんのことを一番に考えるから、)(そんなにイイ人間じゃあないんだけどなあ。)(でも、伝え方をすごく考えられるでしょう?)(それは、伝えるために、必要だからね。)(わたしは、寿先輩の本当の言葉が、一番、誰かの心を、開くのだと思います。一、作曲家として、一、アナタの後輩として。)(そっか、ありがとう、後輩ちゃん。)
Love makes me Pure.
(本当は、とてもシンプルなこと。)
 







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