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梅雨入りがしてしばらくが経った。気付けば、あっという間に夏がやって来る。何にも意識をしていなければ、季節と言うのは簡単にも入れ替わってしまうのかもしれない。
最近の時間軸はおかしいわ。なんて、ボヤいていたともだちちゃんを見て知ったのは、毎日違うことが起きる日々は長く感じても、同じ日々を繰り返す日々は嵐のようにあっという間だってこと。

人と比べる意味も、価値もない。でも、誰と比べても経験の少なかったわたし。それが故に、足がすくんで、大丈夫だと背中を押されても、何度も振り返って、前に進めなかったわたし。
この半年間、何が変わったわけではない。前に進むことは、相変わらず怖いし、だけど、後ろに戻ることも怖くって、ある意味、がんじがらめ。前に進むしかないって思ってはいても、前に進みたいかどうかって言われれば、答えが見えなかった。素直に、イエスを口にするのは、何よりも怖いって、誰が聞いても笑うわね。
自信がない人の多くは、経験が不足している。その多くに、例外なくわたしだって入っていた。
自分を無意識に否定する行為は、自傷行為と同じ。そういわれた時にだって、納得はしたけれど、やめられるのとはまた別。色んな人の、いろんな言葉が、心に刺さるような、刺さらないような。
わたしの欲しい言葉をくれない人たちが悪い、とは思わないけれど、心に刺さらない理由が、自分にあることにも、気付きだしていた。


「なまえサンって、案外、頑固だよね。」


そんなことを年下の彼に口にされたのは、こんな考えのわたしを見てだったかもしれない、ってことも。無意識の頑固だった。無意識に、全てを自分とは違うと考えてしまっているのは、わたし自身。
実際のところ、これが一番、越えなくてはいけない課題だった。自分のことなのに、自分のことではないようで、まるで、傍観者のような気分になるなんて。そんなのには、わたしだって流石に終止符を打ちたかった。

だって、あと半年もすれば、30歳になるんだもの。



「言葉って、魔法みたいですよね。」


目の前にいる女の子は、そう笑った。わたしとは、ある意味まったくちがう存在で、みんなから愛され、必要とされる彼女は、可憐なその見た目とは対照的に、最近、とても成長したように感じる。わたしが出逢った時よりも、もっと。
何が、彼女をそうさせたのか。それを尋ねることは、なぜか、すこし怖かった。

先月発売されたんです、と彼女が差し出してきたCDを見て、ちょっと苦笑い。対面にいたともだちちゃんは、自分の恋人のアイドル姿には全く興味がないようだけど、春ちゃんの、カミュ先輩、ともだちさんのことを歌われているみたいでしたよ?という言葉には、嬉しいような、困ったような、照れたような、色んな感情の混ざった顔をする。
これが彼女の、たまに見せる特別な表情。


「やだもう、むかつく!」
「何が?」
「カミュに心を乱されるのが!」
「それ本人の前で言うの?」
「言いますもん!!!」


赤くなった顔を見せまいと、姿を消してしまう彼女を、ある意味わたし達は、見慣れてきたかもしれない。むかつくだなんて、本当は思ってないのにね?男に心を乱されるのが悔しい、ってのをしきりに言うけど、彼女が唯一、心を乱されてるのは、愛しい恋人のこと。
いつもは、可愛いっていうよりも、格好いい女性で、守ってあげたいと言われるよりも守ってみせると言って、騒がしいくらいがちょうどいい位にムードメーカーで、男友達が多いのに女性という扱いはあんまり受けなくって。それでも、そんな彼女も、特別な顔を持つ。
残ったわたし達が、顔を見合わせて笑うのは、よくあることだった。


「そういえば、寿先輩の曲は聞かれました?」
「うん、一応。」
「私、あの曲は、なまえさんに向けられたんだと思ってたんです。」


ふ、と目の前の彼女が口にした言葉には、脳が理解を忘れたようについていかなかった。どういう意味ですか、思わず敬語になったくらいにね。


「寿先輩と、なまえさんがお付き合いしてるんだって、早とちりしちゃって...」
「えっ?」


右から左に流れる言葉に返せたのは、単語だけ。だって、そんなの、ありえない。驚くなんてもんじゃなかった。言葉も出てこなくなったわたしに、春ちゃんが眉を下げたような表情をする。違うのよ、嫌だとか、そうじゃなくって。どう反応したらいいか、分からないだけなの。
それを、思っちゃいけない。と、心にブレーキを引くのは、わたしだけで。周りは、そうじゃないことを、再認識させられた。


「その、春ちゃんはいいと思う?」
「何がですか?」
「例えば、わたしが寿さんのこと、その、想ってたりしても。」
「え!当然です!!」


立ち上がりそうな勢いの返答をする彼女は、初めてみた。わたし以上に、まっすぐで、わたし以上に、真剣な瞳で、わたし以上に、わたしのことみたいに。彼女の答えが、とても、背中を押してくれたと思う。ああ、だから、アナタはあの時より、前に進んでいるように見えるのね。


「想いは、すべてを、超えられますから。」


想ったことは必ず叶う。それは、ずっと、みんなが教えてくれていたこと。それを、信じた人から、目の前にある”壁”を越えてきていた。
やっとわかった。ああ、今度はわたしの番かもしれないわ。




(ふふっ、)(どうしたの?)(なんだか、あの時を思い出しちゃいました。)(あの時?)(ともだちさんが、カミュ先輩に片思いしていた時も、こうやってたなあ、なんて。)(そうね。)(ともだちさんが、向かっていく姿に、勇気を貰って、今度は、なまえさんが決断する姿から、勇気を貰えます。)(わたしは、そんな、)(そんなこと、あるんです。)(そうだと、いいんだけど。)(私も自分に自信があるわけじゃないけど、なまえさんのことに関しては、自信がありますよ?)(それは、わたしのセリフだわ。)(わたしはわたしにも自信あるけど、2人にはもっと自信があるなあ。)(ともだちさん、いつの間に!)(ただいま〜!というわけで、2人はもっと自分を、信じてあげてね?)(信じる、ね。)(超簡単よ、周りの言葉を素直に受け入れるだけだもの。)(ともだちちゃんって素直よね、そういうところ。)(お陰で、ほめてもらえません。わたしは特別だから、大丈夫だけど。)(ともだちさんは、確かに特別ですもんね。)(やだ春ちゃん、わたしもだけど、みんな、ね。みんな、特別なの。だって、わたしはわたしであって、この世界で他人になれないのよ?すごく、特別でしょう?)(ふふ、確かにそれは、特別、です。)(んもう!なまえさん、そんな顔して!言葉遊びじゃなくって、本当ですから!)(うん、信じてるわよ。)(信じて信じて!)
Love makes me Pure.
(信じる、それが一番、難しくって。出来なくって。それでも、アナタ達の言葉を、信じて、みたい。そう思った。)







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