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信じてみたい。自分を、自分の未来を。
たったそれだけ、だった。本当の意味で、変わりたいと願った理由は。
今まで、変わりたいと言いながら、自分の耳障りのいい言葉だけを選んで、自分の都合のいい自分でいたわたし。過去の自分を言い訳にして、わたしには無理だと、全ての言葉を受け入れられず、頑なに、自分の心に鍵をかけたままだったわたし。
こんなわたしには、信じることすら、難しかった。信じるって、いったいなに?今だって、正直、その答えは出ちゃいない。だけど、それでもいい。って。それでもいいから、信じて、みたい。



「東京の夏は、とても暑いですね。」


今日の昼間の気温は、35度超え。住んでいるわたし達ですら、我慢ならないほど、暑すぎる夏がやってきていた。それは、目の前でTシャツをパタパタさせる褐色肌の彼にとっても、同じらしい。アグナパレスよりも、東京の夏は暑いと、出てきたグラスの緑茶を、早々に空にする。
せっかくだからご一緒しましょう?そう呼び出されたのはいいものの、当の本人であるともだちちゃんは、仕事の打ち合わせが長引き、遅れていた。
白金台の料亭に到着したのは、わたしが1番乗り。ちょっと敷居の高そうなお店に、仕事帰りのオフィスカジュアルで間違いなかったかと、尋ねたくなるほどだった。
その後、到着したセシルちゃんは、普段着のTシャツに少し丈の短いパンツ。ほっと胸をなでおろしたわたしを見て、Don't worry!と彼は、にこにこと人懐っこい笑顔をくれる。


「なまえは、シンパイショウ、です。」
「少しね。」
「Non,いっぱい!」


大きなジェスチャーを交えた話し方は、彼特有だった。まだ少したどたどしい日本語で、少し幼い子供のようなところもあれば、それとは違い、ぐっと大人びた姿もある。アイドルという職業柄なのだろうか。ともだちちゃんを介して出会う彼らは、いろんな顔を持っていた。
中でも、セシルちゃんは、とても不思議な子だった。それは、彼のお国柄なのか。それとも、彼自身なのか。わたしには、よくわからないけれど。今だって、まるで、わたしが考えていることが分かったかのように、ヒミツです。と、意地悪な笑みを浮かべる。


「So, something happen?」


そう、彼は新しいドリンクに口づけた。わたしも彼も2杯目のドリンクに手を付けて、すでに1品目もやってきたけれど、ともだちちゃんがやってくる気配はない。
大きなエメラルドグリーンの瞳が、こちらにまっすぐ向けられる。あえて、日本語でないのには、何か意味があったのか。普段聞き馴染みのない音は、非日常感を与えるかのようだった。

彼の言う、何か。に相当するものは、いくらでもある。
わたしが、寿さんに恋をしたこと。なまえちゃんに、恋をしてもいいと教えてもらったこと。林檎ちゃんの前で、泣いてしまったこと。どうしたいかを、カミュに問われたこと。前を向くことで綺麗になれると、藍ちゃんに教わったこと。
自分で自分を受け入れられなくて、優しい寿さんを否定するような言動をしたこと。レンくんに厳しい言葉を向けられて、その理由が分からなかったこと。そして、春ちゃんに、信じたいと、そう思わされたこと。
それだけじゃない、ひとつひとつの積み重ねが、ほんの少しずつ、きっかけになった。何かが欠けても、こんな風に思わなかったかもしれない。その時々には、何も気付けなかった。自分のことが嫌で、逃げたくてたまらなかった。だけど、今は、違う。


「沢山、あったの。」
「本当に、たくさん、ですね。」


一つも無駄がなかったことを、目の前の彼は知っているかのように見えた。そして、目を細めるような、優しい笑い方をする。


「アナタの未来が変わる音がしました、
だから、大丈夫です。」


まるでおとぎ話のようなセリフだった。
魔法はないと、レンくんが言ったこの世界で、彼はまた違う言葉を使う。未来が、変わる音。どんな音だろう、どうして、変わったのだろう。わたしには、何一つ分からない。
でも、彼のその大丈夫が、年下だとは思えなくらいに、安心感を与えてくれた。


「Do you trust me?」


彼の問いに、Yesを返すことが、今は、苦痛じゃないの。

プリンセスは、その言葉に手を取った。僕を、信じて。その先に見つけたのは、新しい世界。
わたしの未来も、同じだと、そう信じさせて。




(セシルちゃんは、どうして、そんなことが分かるの?)(分かる..?ちがいます、教えてもらうだけ。)(教えてもらう?誰に?)(誰、ではありません。ぜんぶ、です。)(全部?)(Yes, all of them give me the message.)(魔法じゃ、ないでしょう?)(Non, ちがいます。どう言えばいいのでしょう、むずかしい...。)(そう、よね。魔法は、ないものね。)(確かに、魔法はないかもしれません。でも、)(でも?)(アナタは、信じるという、一番大切な魔法を知っているはずです。)
Love makes me Free.
(過去を解き放ってくれたのは、紛れもなく、この恋だった。)








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