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31年間、いろんなことがあった。
思い返してみれば、いい思い出だけじゃなくて、悪い思い出だってもちろんあるし、それ相応の苦労もしてきた気はする。同世代に比べてみれば、多くの経験もしてきた。だけど、そんな僕でも、本気の恋は多くしてきたわけじゃないんだ。
31歳の誕生日を迎え、変わったのは年齢くらいなもので、突然、ぐんと大人になることもない。日付が変わった瞬間に届いた酷い量の連絡を返すのすら、少し億劫に感じた。
ここ1週間はプレゼントという名の花束をいたるところからもらい、先日も盛大に番組でお祝いをしてもらったところ。そして、誕生日当日の今夜は、毎年恒例、事務所の誕生日パーティー。職業柄、お祝いというお祝いをしてもらっているのに、何だか足りないのは、彼女の存在がそこには感じられないからなのかな、なんて。僕は、随分と欲張りになってしまっている。
仲のいい友人や、仲間からの激励の言葉も、いつもお世話になっている家族やスタッフさんからのお祝いも、そして、何よりいつも応援してくれるファンの子達からのメッセージも、全部が嬉しい。そこに、何一つだって偽りはない。
それでも、足りないんだ。大事なものが一つ足りないだけで、他の多くのものが満たされないというのは、酷く我儘だった。それを素直に伝えられるのなんて、数少ない友人だけで、そんな僕の言葉を、馬鹿ね、それって当然よ。と彼等は笑ってくれる。


「だって、"特別"なんだもの。」


リンゴ先輩の大人びた声も。ともだちのお姉さんぶった声も。すっと僕の心に入ってきて、なんだか安心するようにも感じた。
僕の心は、もう決まっている。この気持ちを、伝えるんだって。僕の言葉で、彼女に。



事務所の誕生日パーティーが終わったのは、もう夜が遅かった。次の日のことを考えれば、呼び出すべきじゃない時間帯に無理を言っていたのは僕で、そうしてでも、彼女に会いたかった。お膳立てをしてくれたともだちには、頭があがらないよね。
約束していたプライベートバーに到着したのは、僕とリンゴ先輩が先。自分の誕生日でも、ハンドルキーパーは僕。ノンアルコールを迷わず注文したけれど、いっそ、酔ってしまえたほうが、楽だった。


「おめでと〜〜〜!」


店に入って来るやいなや、ともだちは普段の2、3倍のテンションで僕にプレゼントを投げつける勢い。僕が今日、どうするのかを察して、そうするのは、彼女の配慮だろう。彼女のこういうところに、今まで少なからず救われてきたし、持つべきものは友だと心底思う。


「こんばんは。」


その後ろに隠れていたいつもと雰囲気の違うなまえちゃんは、ともだちとリンゴ先輩にドレスアップしてもらっていたらしい。全体的にレース素材が使われたミモレ丈のワンピースは、見るからに彼等の趣味だけれど、なまえちゃんにとても似合っている。こんな格好、普段だったらしてくれないだろうから、誕生日パーティーを一緒にね、というとても使い勝手のいい建前を使ったに違いない。
僕にとって、これはサプライズ。普通に接しているようだけれど、魅力の増した彼女に、どくり、と心臓が高鳴った。見慣れたともだちを見ても、なんとも思わないのに、彼女を直視するのすら心臓に悪いんだ、どうかしてる。


「寿さん、お誕生日おめでとうございます。」


バーカウンターの隣に座った彼女が、小さな紙袋を手渡してくれた。いつも、お世話になってます。と、丁寧すぎる言葉を付け加えて。少しだけ距離を感じるけれど、それは、普段と変わらない。何気ない言葉に、僕だけが、センシティブになっているだけなんだ。
でも、誰だって怖いよね。自分の気持ちを伝えるっていうのは、すっごく。昔はもっとそれが簡単にできたはずなのに。年齢を重ねるたびに、本音を口にするのは、怖くなるものだった。

ゆっくりとした時間が流れて、トイレに立ったともだちも、仕事の電話だといなくなったリンゴ先輩も、戻る気配がない。多分、そういうことなんだろうな。余計なことをする、とは思わなかった。僕には、チャンスを無駄にするなよ、って彼等の言葉が聞こえた気がする。
ちょっとだけ、夜景でも見ない?なんて誘い出したのは、僕の方で。窓際に設置されたカウンターへ移動すれば、目の前には東京タワーが見える。きれいですね、と隣で小さく彼女つぶやいた彼女は、薄いブルーのカクテルに口づけた。
ここに来てまで、どうしよう、なんて考えが少しだけ頭をかすめる自分が悔しい。そりゃあ、不安がないといえば、それは嘘だ。むしろ、本当は、不安だらけ。上手くいくという保証はどこにもない。だからこそ、この想いを伝えることに躊躇してしまう自分がいた。拒否されたら、もうこの距離ではいられなくなる。そして、拒否されたら、もう二度と会えなくなるかもしれない。
不安を数えれば、きりがなかった。だけど、伝えずに後悔するのは、誰よりも僕自身。それだけは、はっきりわかっていた。


「なまえちゃん。」


彼女の名前を呼ぶだけで、更に僕の心臓の音はうるさくなる。はい?そう彼女の瞳は僕へと向けられ、その瞳に見つめられれば、言葉が一瞬、出てこなくなる気もした。でも、そうじゃない。そうじゃ、いけないんだ。
自分を落ち着けるように、ひとつ、呼吸をして。そうして、彼女に想いを紡ぐ。


「キミが、好きなんだ。」


今まで、沢山の言葉を考えた。ああでもない、こうでもないって、繰り返して。どれだけスマートに出来るかって、どれだけロマンチックに出来るかって。でも、どれも違った。
僕の本心を、伝えたい。たったこれだけの言葉は、どんな言葉にも代えられない、素直な気持ちだった。
すぐに答えが返ってくるわけじゃない。僕の顔も随分と熱で浮かされていたけれど、それにも負けず劣らず、彼女の肌は、赤く染まっているように見える。
ほんとう、ですか?と、おずおずと言葉が返ってきて、僕もそれに、本当だと答えた。嘘だと返されれば、嘘じゃない、と答える。


「僕は大した男じゃないけれど、それでも、キミを幸せにしたい。キミを守れるような、男でいたいんだ。」


泣きそうな顔をしていた彼女は、僕の言葉で、ついに涙をこぼしてうつむいた。反射的に、ごめんを伝えると、しきりに首を横に振る。


「ちがうんです、ちがうの、」


ぎゅ、っと胸元で握りしめられた両手に、まるでプリンセスみたいだな、なんて思う僕がいた。僕は王子様だなんて柄じゃないから、キミに似合わないと言われても、おかしい話じゃない。僕を傷つけないようにする彼女に、どんな言葉をかけていいか、もう分からなかった。


「わたしも、だったから、」
「え?」
「わたしも、寿さんが、好きなんです、」


うそ、思わず、口に出た言葉に、否定を返される。
そして気付いた、人間は思ってもいない回答がくると、一度それに対して否定を口にしてしまうものなんだと。さっきの彼女とまったく同じことをしてしまうなんて、予想もしていなかった。


「寿さん?」
「ごめん・・・つい、嬉しくって。」


思わず、涙がこぼれそうで、それを誤魔化そうと、笑みを浮かべる。夢じゃないよね?誰に聞くわけでもなく、僕が僕に聞きたかった。
彼女のぎゅっと握られた両手をほどき、自分の手に重ねる。僕よりも小さな手に、酷く愛おしさを感じた。


「改めて、僕とお付き合いしてくれませんか?」
「わたしでよければ、」
「なまえちゃんがいいんだ。」
「ありがとう、ございます。」


誰も知らなかった、僕と、彼女の”未来”。

沢山のことがあって、すれ違うことだってあって、それでも、この”今”をつかみ取った。数えきれない分岐の度に、変わるという”未来”。もしかしたら、これは、奇跡的だったのかもしれない。そんなこと、神様しか知らないけれど。
だからこそ、今までも、そしてこれからも、大切にしたいんだ。僕達が、共に歩める"未来"を。僕が愛しいと想った、彼女自身を。




Love makes me XXX.
(僕は、王子様なんかじゃない。だけど、キミを幸せにできる人でいたい。それだけで、また僕は、前に進めるから。)







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