04



何度か打った文章を、もう一度クリアにする。そんなことの繰り返し。緑のポップアップがこんなにも憎たらしく感じるのは、僕の人生で初めてだ。
ああ、文明の利器よ、力を貸してくれ。と言ったところで無意味なのは、結局そいつらは僕等の気持ちを運んでくれるツールでしかないから。
僕の言葉をダイレクトに届けてくれる分、その内容は、僕のセンス。ああ、どうしてこんなにセンスがないんだ、ぼくちん!いますぐ、センスってものが僕に降り注いでくれることを願いたいものだよ。
自分の好きな子に送るLINEは、いつだって勇気がいる。お疲れ様ですら、タイミングも、雰囲気も考えちゃってさ。無意識にそんなことが上手く出来る程、僕は器用じゃなかった。計算つくされた男だと知ったら、彼女はどう思うんだろうか。


先日偶然を装って誕生日のお祝いに足を運んだのだって、本当は、たまたまなんかじゃない。友人から話を聞いた瞬間にスケジュールだって調整したし、花束の準備もした。
それ以上をしなかったのは、それがギリギリのラインだったから。この気持ちがバレたら困るのは、僕じゃなくって彼女だ。だって、彼女は、恋愛事に興味がなさそうなタイプだった。気持ちがバレて距離をとられるなんてことになったら、いくら僕だってすっごい落ち込んじゃうよ。
いっそ告白でもすれば?なんてクスクス笑った友人に、否定を返したのは、店に入る直前だったかな。彼女が困ることは、したくない。
いいや。それは、きっとタテマエだ。僕は自分が思う以上に、臆病だった。
こうやって自分の番になるとよくわかるね、ともだちが言っていた言葉の意味が。カミュが困る、なんてそれは傍から見れば杞憂なのに。アア、当の本人は、こんなにも気持ちが重いものらしい。
自分が傷つきたくないから、その一歩を踏み出さないなんて、アラサーになって、僕は何をしてるんだか。だけど、年を重ねるごとにそんな気持ちが増えるのは、当然だった。自分の価値観が固まってしまって、一歩を踏み出すのが酷く難しいんだ。
人間は、何より変化を恐れる。現状が良くなることは、悪くなることと同じくらい不安に感じる、そう誰かに言われた言葉が頭に過ぎった。踏み出さないと変わらないことは、僕が誰よりも分かっているのにさ。



「れいちゃん、今年のクリスマスパーティだけど。」


ひょっこり、と顔をだしたリンゴ先輩に、いつも通りの顔を見せる。
クリスマス、か。彼女は仕事かなあ、なんて。イベントごとにわざわざ休みを取るようなまね、するようなタイプじゃないだろう。(ともだちじゃあるまいしね。あ、これは内緒。)
僕も僕で、クリスマス特番の生放送や事務所のクリスマスパーティが入っているから、クリスマスに会いたい、ってのは無茶かな。なんて、そもそもクリスマスに誘うってことは、自分の気持ちを打ち明けるようなものだ。まったく、何を考えてるんだろう、僕は。
右から左に流れていくリンゴ先輩の言葉を聞き逃さないように、相槌を返すのが、やっと。

アー、れいちゃん?ひとしきり打ち合わせが終わったリンゴ先輩の瞳は、資料から僕へと移る。まるで穴が開きそうな程見つめるなあ、と思った。


「ねえ、恋でも、してるの?」


と、それは予想もしなかった言葉。いつもだったら、へらり、と返せるはずなのに、いつもだったら、何にもない顔が出来る気がするのに。どうやら今日の僕は、おかしい。(もしかしたら、ともだちに伝えたことで、気が緩んでるのかもしれない。以前は、こんなことなかったんだから。)
自分でも分かるほど熱くなった顔を、思わず片手で隠そうとすれば、小さく笑われる。


「あら、いいじゃないの。」


アナタの番が来ただけよ。水色の瞳がゆっくり、細くなって。僕と同じ年なはずの彼が、すごく、年上に見えた。何で、ともだちも、リンゴ先輩も、おんなじようなことを、言うんだろう。
すこし泣きそうになったのは、気のせいだって、笑わせて欲しい。そうじゃなきゃ、僕が僕じゃなくなる気がする。


いやだなあ、こんな感情になるなんて、思ってもなかった。本気の恋って、彼女が言うようにやっぱりすごく、難しいみたいだ。




(れいちゃんだって、しあわせになっていいでしょ。)(僕はもう十分すぎるくらいしあわせだよ。)(あら、ともだちのお守りしてたのに?)(それは、放っておけなかったから!そういうなら、リンゴ先輩だって!)(そうね、アタシも自分の時はそうするわ。)(今は?)(残念、理想が高いの。)(なーんだ。)(れいちゃんは、今、自分が本気になれる子見つけてるんでしょ。動かなきゃ損よ。)(そう、かな?)(恋愛は、一瞬が命取りなんだから。誰かにとられて後から泣くのは、アナタでしょ?)(それは、いやだね。)(まったく、ともだちには言えること、どーして自分じゃできないのかしら、)(はは、どうしてだろ、)(まあ、ある意味、それがれいちゃんらしいけどね。)
Love makes me cry.
(ボクってば、本気の恋をしてる。)







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