05



もう空は真っ暗だった。
日が落ちるのはどんどん早くなって、ゆっくりと冬至を迎える準備をしているかのよう。街頭が少ない通りを歩くのは、いつもどおり。
冷たい北風に、体が冷やされていく。もうこのコートじゃ薄すぎるかしら、冬のコートを出すのには、ちょうどいい頃合かもしれない。
イヤホンから聞こえる音楽で街の雑踏はかき消されて、まるで一人の時間になった気分。暗くなったら歩いちゃ駄目だよ、なんてのは、もう随分と古い教えね。最寄り駅まで15分の距離は、田舎育ちのわたしにとって何の苦でもない。マンションは、もうそこだった。


不意に、小さな通知音が、緑のポップアップを浮き出させる。


【なまえちゃん、お疲れ様!もう暗いから、気をつけて帰ってね! 】


ああ、どうして。なんてタイミングなんだろう、このヒトは。一気に、体の温度が上昇した気がした。さっきまで冷たく感じた風が、心地よくも思える。
こうした彼の連絡は、わたしの心を酷く揺さぶった。彼にとっては何気ないことだとしても、わたしにはそうじゃない。それが逆に、わたしを苛立たせるような気もして、頭がパンクしそう。
みんなにこうだわ、って。誰にだって、優しくて気遣いが出来る人よ、って。そう言い聞かせるのに、必死になる。どくり、どくり、心臓が音を立てることだって、わたしの気のせいだって。そうやって対処するしかないなんて、アラサーにもなって悔しい。
まともに恋愛経験のないわたしが、彼に想いを寄せたところで、その勝率は0に近い、いいや、0でしかないのだ。



「なあに、恋でもしてるの?」


わたしの顔を見るなり、その水色の瞳が細くなった。
違う、と否定したところで、彼はヒトの感情を読むのが上手い。わたしの否定など、彼からすれば、肯定に近いもの。相変わらず、わたしの心は、否定と肯定を言ったりきたり。
ともだちちゃんが変なことを言った日から、ずっとそう。彼に想いを寄せるなんてこと、無駄だって分かっているのに、じわり、湧き上がってくる気持ちは、そうじゃなかった。悔しさを感じてしまうほどに。
苦手だと思う理由が、恋心の反面だなんてこと、気付きたくなかった。けれど、気付いてしまえば、もう、遅い。涙が出るほどではないものの、少しだけ泣きそうになったわたしの髪をなでる指先は、酷く優しくって、更に胸が苦しくなる。


「不安は付き物よ。だってアナタ、恋してるんでしょ?」


くるり、とわたしの髪先に指を絡ませて、林檎ちゃんはクスクス笑った。


「あのともだちですらそうだったんですもの。そうなって当然よ。」


まるで小さな子に言い聞かせるような声色。ああ、駄々をこねるわたしを、駄目だと叱責してくれれば、もっと楽なはずなのに。でも、それをしてくれない彼は、ある意味で残酷だった。
切り捨ててくれれば、無理だって言ってくれれば、わたしはこんな淡い期待を抱かなくってすんだ。目の前に現れた壁を乗り越える程、わたしは強くないのよ、林檎ちゃん。


「大丈夫。逃げるほど、アナタは弱くない。」


じゃなきゃ時間を割いたりしないわ。

ああ、彼はわたしの扱いを、良く知っているのかもしれない。




(ここで壁を壊さないと、またおんなじことがおきるんだから。)(それは、困ります。)(でしょ?だから今のうちに越えてきなさい。)(林檎ちゃんが鬼に見える。)(あら、越えられない壁は目の前に立ちはだからないのよ。アナタの気持ちの問題。出来ないって言ってる内は、一生無理ね。)(厳しいお言葉頂きました...。)(んもう!自分に自信がなさすぎ!なによ、最近綺麗になったってのに、まだ文句があるわけ?)(ほんと?)(だから気付いたんでしょ?)(でも、)(でも、じゃない。誰かにとられて後悔したんじゃ、遅いんだから。)(はい。)(アナタなら、大丈夫よ。)(みんな、そういうけど、そんな自信どうやって出せば...)(アナタが信じられないなら、アタシ達が信じてあげる。)(それ、ともだちちゃんも、)(言うでしょう?アタシの受け売りよ。だからね、大丈夫。)
Love makes me cry.
(これほど、誰かを想うなんて。)







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