08



恋をすると綺麗になる、ってのをよく聞く。それが自分に当てはまるなんて、思ってもいなかったし、今でもそうじゃないって否定する自分がいた。
素直になればいいだけなのに。わたしはきっと、自分が傷つくことが恐くって、それを受け入れられないのだ。

素直に、生きてきた人達とは違う。わたしはどちらかと言えば、我慢をして生きてきた方だ。
だからこそ、素直になる方法なんて、自分でも全く分からなかった。どこかで素直になりたいとは思っているのに、そうなった時に起こる出来事には対応が出来ないって、諦めているのかもしれない。
だって、自分に自信があるとは、嘘でも言えなかったの。ちがう、って一線を引くことで、自分を守っていた。だけど、少しだけ、ほんのすこしだけ、正直になるならね。自分に自信があって、キラキラしていて、って彼が眩しくもあり、そして、羨ましくもあり。
そんなとこに、惹かれていったんだと、思う。



「何を悩む必要がある?」


隣にいた彼女が席を外した、と思えば、目の前の彼は、食べ終わったケーキフォークを丁寧に机に戻した。そのアイスブルーの瞳は、わたし達がよく目にする日本人にはない色で、じっと見つめられるのには、あまり慣れない。
このテーブルについて彼が発した言葉は、ほとんどなかった。少なくとも、わたしに向けられた挨拶以外の言葉は、それが初めて。なのに、酷く鋭く感じたのは、何故だろうか。
そもそも、わたしと彼女がしていた会話に疑問を持つことなどなかったと思うのに。どうして彼はそんなことを口にしたの。

直接話を聞いたわけではないけれど、彼女曰く、カミュは恋愛経験がないところもかわいい!だったはずで。わたしと同じ、いや、もう少し経験値が低い彼に、疑問に思われることは何もない気がする。
とはいえ、彼はともだちちゃんという恋人がいて、わたしと同じではないけれども。


「寿に好意を寄せているんだろう?」


あまりにも直接的な発言は、心臓に悪かった。わたしが素直じゃないのは分かる。でも、彼は、素直すぎる。
コーヒーに口づけたわたしに彼は、ふ、と笑みを零した。馬鹿にされているような、そうじゃないような。彼女が帰ってくる気配は、まだない。


「わたしは一般人だもの。」


これはある意味、線引きだった。卑怯なのは分かっている。でも、事実。そう、アイドルと、一般人。その差は何にも変えられない。彼の矢印が自分に向かないってことを分かっているからこそ、こうやって自分とは違うって言いたいだけなのよ。
ああ、どうして、わたしはまた、こうも素直になれないんだろう。自分の感情を彼にぶつけても、その結果はダメなことが分かっていて。そして、分かっていようとも傷つくから、そのあと、どうしたらいいか、分からないの、きっと。
わたしの言葉に眉をひそめた彼が口にする言葉は、もっともだった。


「それ以前に、お前自身はどうしたい?
国も、身分も違おうとも、守るべきものがあろうとも、俺は彼女を諦めようとは、思わなかった。」


だから、アナタは手に入れたの、彼女のことを。それは、彼女もおんなじで。
わたしと彼女が違うように、目の前の彼とわたしも違う。いくらともだちちゃんが恋に臆病だったとは言っても、彼女は手に入れていて、わたしと条件が同じではないように思えた。

逃げかもしれない、自分と違うところをあげれば、キリがないもの。
何だって、そう。自分が出来ない理由をつけるのは、本当に簡単。出来る理由を見つけられなくて、うしろに目をむけて、同じように出来ない人と一緒にいるのは、酷く心地がよかった。
それがわたし自身の後退に繋がることだと教えてもらっても、それでもまだどこか、足が重い。上手くいかなかったらどうしよう、に縛り付けられるかのよう。
彼女のように明るくポジティブに振舞って、生きてきたわけじゃない。何事にも慎重だと言われた、橋は叩きすぎて割ってしまうくらいに腰が重い自分をよーく知っている。彼女は、橋を叩かず渡っていても、それが自分には出来なくって。
わたしにはきっと、覚悟、というものが足りないのだと、思う。彼の隣に立つという覚悟がないから、だから、この気持ちすら、客観視している。わたしの感情なのに、わたしが一番、自分で理解できていない。


「勘違いするな。必要なのは覚悟ではなく、お前がどうしたいか、だ。」


わたしが、どうしたいか。
結局、それを決めなければ、未来なんて、何一つ変わりはしないのね。分かっているのに、出来ていなくって、それを彼の言葉で、思い知らされる。




(そのままでいいのなら、考えない方が楽だろうな。)(そんなこと、)(あるからだろう、お前が前に進んでいないのは。)(そうね、否定はしない。)(だが、肯定もしない。そうだろう?)(そんなこと、)(ただいま〜!)(あれ、なまえちゃんもいたんだね!)(え?)(この間ぶりだね、元気だった?)(あ、はい?)(あれ?ちょっとちょっと、すんごいびっくりされてるんだけど、ともだち、言ってないんでしょ。)(うん、サプライズしようと思って!)(びっくりしてます、本当に。)(でもなまえさんってあんまりびっくり分からないの、顔に出ないから。)(ともだちが分かりやすいだけだね?)(こら、失礼だぞ、寿。)(はっはっは!あ、ここいいかな?)(あ、どうぞ。なにか、頼みます?)(うん。なまえちゃんはコーヒー?)(ハイ。)(じゃ僕も同じにしようっと。うーん、ケーキはモンブランかな。)(ケーキはおそろいにしないの?)(ねえ、カミュもコーヒーじゃ、)(だって、その方がわけられるでしょ?)(あーなるほど、ってわたしには?)(うん、あげない。)(何だよそのトクベツ感。)(ともだち。)(ともだちにだけ厳しいよな寿。)(そうだね。ともだちもミューちゃん以外にはそうでしょ。)(いや、まあ、否定はしないけど!)(ほらすぐ照れる。)(ああ、どうして話聞いてくれないの。)(いつものことであろう。)
Love makes me Sweet.
(はんぶんこのケーキが何10倍にも甘く感じる。)







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