正直なはなし、哀れだと思ったことがないと言えば、うそになる。
自分の存在がない世界に、突然連れてこられて。理由も分からないまま、居座らなきゃいけない、なんて。自分の居場所を自分で作ることは、案外厄介なものだ。彼女は、それが得意そうには見えなかったし、魔法が使えるのであればまだしも、魔法すら使えなかった。そのうえ、周りには自分と性別の違う男しかいない。
そんな後ろ盾のない状態でよくやってると、目で追いかけたのがきっかけだった。かわいそうだな、なんて。同じオンボロ寮のグリムくんに振り回されているのを見れば、少しだけ親近感がわいたりもした。まあ、報酬もないのに、あれだけの尻拭い、俺はゴメンッスけど。
そう思っていた割には、ちょっとずつ彼女のことが気になって仕方なくなっていて。気づいたときには、他の男と話す姿にすらモヤモヤした。目で追えば、嫌でも彼女が昨日泣いていたことが分かるようになったし、それに気づかない鈍い彼女の周りには腹が立った。なまえクンが君らの目の前で笑ってたらそれでいいんすか?そんな投げかける必要のない疑問が心に沸いて、消えて、が繰り返される。そんなこと考えたところで、なにか自分の得になるわけでもないのに。俺らしくねぇ、なんて、自分でも思った。


「あっ、ラギー先輩!」

目の前からかけてくる1年生の中に混ざった彼女は、俺を見つけて、大きく手を振った。そして、こんにちは〜、とすれ違いざまに挨拶をし、同級生を追いかけて、そのまま去っていこうとする。短く切りそろえられたショートカットに、俺たちと変わらないパンツ姿で、いつもと変わらない笑い方。昨日は泣いてない、と俺だけが無駄にほっとした。

「なまえクン?センパイに挨拶だけなんて、連れないんじゃないっスか〜?」

すれ違いざまに腕をひっぱってやれば、俺よりも小さなその体は、簡単に傾く。彼女が必死にバランスをとろうとしたところで、残念ながらそれは上手くいきそうになくて。危ない、と思わず抱き留め、その距離の近さには多少驚いたけれど、それを出すのは、男としてナシっしょ。

「ッシ、セーフ。」
「す、すみません!」

ごまかすかのよう笑ってみせれば、俺の腕の中で真っ赤になった彼女があたふたしだした。以前よりは自分を男だと思ってはもらえているようで、ちょっと距離を詰めた一件から、彼女の言動は少しだけ変わってきつつある。距離を広げられるわけではなくてよかったというのは、正直な感想だった。まあ、多少勝算はあったとはいえ、100パーセントなわけじゃないッスよ?

「なまえクンってば、大胆だなあ。」
「ちっ、ちがいます!」
「あーもう、ジョーダンジョーダン!」

そうやって体を離せば、まだ赤い顔で拗ねたような表情になって。いやいや、こんなのフツーに可愛いっしょ。周りにいるのが男だけ、ってのに頭を抱えた。男女の友情なんて、成立するわけがないと、そう思わざるを得ない。

「まあ、アンタが元気そうで良かったっスよ。」

俺の言葉に、ハッとして俺を見上げた彼女は、えっと、と少し難しい顔になる。いつにもまして、表情がコロコロ変わっていく日だった。

「ほら、追いかけなくていいんスか?」
「あっ...でも....、わたしももうちょっと、ラギー先輩とお話したいな、なんて。」

少し言いづらそうに、言葉が詰まったと思えば、あはは、と照れたように笑う。そんな彼女が、自分の予測の範囲を全然超えていて、今度は俺が言葉に詰まる番だった。いや、まじ。これは、ずるいッス。そんなこと言うなんて、聞いてねぇってば。

「...お代は高くつくッスよ?」
「お手柔らかにお願いします...!」

花の高校2年生。17歳にしてみれば、目の前に無防備なメスがいるってのは、手を出してしまいたい衝動にかられるもの。それでも、焦りは禁物。絶対に手に入れたいって時には、待つのが鉄則ッスよね...?



can't hurry love
(先輩にだったら、もっと本当を話したい、そう思った。)







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