(≠監)



「今日でばいばいね。」

そう言い出されたとき、自分の頭はまったく整理できなかった。なぜなら、こんな未来、予想していなかったからだ。
2人きりの部屋で、彼女が自分のシャツを放り出したことすら、いまはどうでもいいくらい。いや、今、アンタなんて?

「だから、今日で終わりね、って。」

終わり、とは思えない笑みを彼女は浮かべる。彼女にとって、俺はモブでしかないのかもしれないが、俺の中での彼女はそうじゃない。体だけの関係から始まったことは確かなのに、いまではそんなこと、どうだっていいほど、彼女に想いを寄せていた。
久しぶりに会う彼女は、どこかしら以前よりも魅力的に見えたけれど、それが原因かと問えば、そうじゃないと言う。一回全部、ゼロにしようと思っただけ、なんて。それだけで、俺は切って捨てられるような、そんな男だったんスか、アンタにとって。それを口にしたくても、口に出せない。

「まじすか。」
「うん、まじ。」

恥じらいもなく下着姿だけになった彼女に近付けば、そんなにショック受けるようなことじゃないでしょ?とクスクス笑われる。まだ服を着っぱなしの俺が彼女を自分の腕におさめてみても、それは変わらず。なんで、だけが何度も漏れた。それに明確な答えなんて、返ってきやしないのに。

いつだろう。体の関係しかない彼女に、想いを寄せてしまったのは。もう、忘れてしまった。
どれだけセックスの最中に好きだと言おうが、それが返ってこようが、そんなのはまやかしで。本気になっていたのは、俺だけだったことに、今更気付かされる。
たしかに、彼女には、俺以外の男だっていたし、なんなら、好きな男の相談すら乗らされたことだってあった。それでも、どこか最後には自分のモノになると疑わなかった俺がいて。それに、俺のとこにくるように仕向けたつもりでもあった。上手くいかないなんて、そりゃ、思ってもいない。マジで、こんなのってないッスよ。そう言い出したいほどに。
ひどい、ほんとに、とことん、ひどい女だ。だけど。相手を罵るような言葉も出てきやしなかった。ほんとだったら、ビッチだと言ってやってもいいんだと思う。なのに、ひどい女だとわかりながら、俺は彼女を好きになってしまった。悔しいほど。いつか手に入れられると思っていたからこそ、その自惚れに足元を救われた気がした。


「最後だから、好きなだけシてもいいよ?」
「なんすか、それ。」
「わたしのワガママ聞いてくれるから。」
「だったら、俺のことだけ切らないでくれたって、」

それ以上言ったところで、彼女の気持ちが変わることがないのは、分かっていた。そういうヒトだった。縛られたくなくて、自由でいたくて。そして、それが沢山のオスにとって、手に入れたい衝動にかられて。
彼女の他の男をまったく知らないけど、他の奴らだって嫌だと言うに決まってる。手放したくないと駄々をこねられるに、決まってる。

「そんなめんどくさいヒトいないってば。」
「それ、俺がめんどくさいってことッスか?」
「やだ、ラギーは優しいから、めんどくさいことにはならないでしょう?」

そうやって、俺の首に手を回す彼女は、いつも通りだった。そんな言い方ってない。最後くらい突き放してしまえばいいのに。そうもしてくれない。彼女なりの、けじめは、俺にとっては理解できないくらい、ツラいものだった。


「好き。」
「ん、ありがと。」

唇を重ねる度、同じ言葉が返ってこないことが、ひどくモヤモヤして。ぎゅ、とシーツを握った指先を自分の指に絡めとった。最後だと信じたくなくて、いつもは、決してつけないのに、沢山の痕を彼女に残す。
これが消えるまでは、俺のことを思い出してくれればいいのに。これが消えたときには、また俺のところに戻ってきてくれたらいいのに。
そんな、届くことのない願いが、シーツに溶けていった。




そして、きみは、僕の手から、こぼれ落ちる。
(さようなら、わたしのすきなひと。離したくないものほど、手放さなきゃいけないの。)







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