(≠監っぽい)



ヴィルのお部屋のお風呂は、かなり広い。床も壁も天然の白い大理石で覆われ、金色の装飾がアクセントになって美しく、ジャグジーの付いた普通の2倍以上ある浴槽は、ホテルでしか見たことの無いような大きさだった。
元々、大きなお風呂が好きなわたしにとって、彼のバスルームは最高。たまにワガママを言って、使わせて貰うけれど、自分のバスルームとは比べ物にならないくらい贅沢だ。毎日こんなところでお風呂に入れたら、そりゃあ、綺麗にしようって思うわよね?ボディスクラブも3日に1回の頻度を守るだろうし、毎日、ボディソープをしっかり泡立てて、泡だけで体だって洗う。
女性にとっては、毎日の気分を保つために、部屋の雰囲気がとっても重要だった。普通、あんなオンボロ寮にいたんじゃ、女子力だって下がるに決まっている。ポムフィオーレ寮のお城のような建物と比べてしまえば、わたしの住むオンボロ寮は、廃墟だもの。

「はあ、きもちい...」

2人は余裕で入れるバスタブを独り占めするのは、しあわせだった。ヴィルの入れてくれたリラックス効果の高いオーガニックバスエッセンスは、ラベンダーの香り。どんどん、心地よくなって、わたしの心も体も解していく。

「入るわよ。」
「どうぞ。」

バスルームの扉から入ってきたわたしの恋人は、そのままシャワールームへと入っていった。ガラスに覆われたシャワールームは、お風呂からもその姿が確認出来る。水も滴るいい男、っていうのはこのことで、濡れることで彼の色気が増したようにも感じた。えっちだ、なんてわたしが呟いたのを彼は知らない。
シャワーの前に、丁寧に解きほぐされていた髪を壊れ物のように扱っていくのは、女性よりも女性らしいのに、彼の体は、どこからどう見ても、男性だった。全体的にバランスよく引き締まった体は、無駄な筋肉もなく、それでいて細すぎることもない。毎日の彼の努力の賜物。
彼の隣に立つということは、それ相応の努力が必要であると、わたし自身も認識している。彼が、自分にも、そして、自分以外にも、同じように美しさを求めるから。ただ、カンペキを求めすぎる人だからこそ、そのカンペキが崩れた時の衝動が大きいのも事実。カンペキはこの世界にはなくって、陰陽のバランスですら50:50だと決まっているもの。努力をする分、それを受け入れたくない気持ちも、分かるけれどね。わたしだって、ほんとうは、アナタなら、そんな衝動に負けないと、そう信じたい。

「随分熱い視線じゃなくて?」
「好きな人って、見てて飽きないの。」
「あら、何か隠し事?」

バスタブに入ってくる彼に合わせて、体をまえにずらす。ひとつにまとめた髪は彼にほどかれ、もうちょっと丁寧にしてちょうだい、と小言を告げられた。ああ、トリートメントもしてたのに。髪の毛は、お湯に完全につかってしまったけれど、諦めて彼に背中を預けた。
うしろから回ってきた腕は、わたしの脇腹を通り、胸の下あたりに添えられる。ちゅ、と小さな音がして、耳の下にキスが落とされた。すこし恥ずかしくて、壁面にあるボタンで、明かりを落とせば、クスクスと笑われる。別に慣れてはいるけれど、なんとなく、そういう気分なだけなのに。

「あら、アタシはなまえに隠し事でもされてるのかと思ったわ。」
「出来ると思うの?」
「出来ないとは思わないわよ。」

そう彼の片指はわたしの唇をなぞる。やんわりと触れられると、なんだかもどかしい気持ちにさせられた。隠し事なんて、していないのに、まるでしているような物言いだ。まあ、確かに、過去の全てをさらけ出してもいないし、語らなくてもいいことを語る必要もないとは思ってるけれど。そんな言い方は心外よね、やましい事はまったくないんだから。
ひどくない?と彼の方を振り向けば、目の前に綺麗な顔があって、毛穴ひとつも目立たないのが羨ましくも感じた。努力の賜物、それが分かっていても、同じことをしてもそうならなかったら、そう感じてもいいでしょう?

「綺麗すぎるのも、困りものね。」
「なあに、ソレ。」
「ヴィルはカンペキすぎるの。」
「それがアタシだもの。」
「カンペキじゃなくても、ヴィルはヴィルよ?」

わたしの答えに、彼は困ったような、悲しいような顔をした。分かるわ、カンペキを目指すアナタからしたら、そうじゃない自分なんて、受け入れたくないに決まっている。
でも、カンペキだからこそ、カンペキじゃないアナタも見たいなんて思うのが、わたしのワガママだとしても、本当に好き、っていうのは、カンペキじゃないアナタを受け入れられるってことでもあると思うの。どんなアナタでも、愛していたい。アナタがどん底に落ちたとしても、その時はわたしが底まで降りて、そうして、一緒に元の位置まで戻ってきたい。
残念ながら、愛した人を、そんなに簡単に手放せるような、潔のいいオンナじゃないの。アナタがやだ、って言っても、それを聞けないくらいには、執着心だってある。ある意味、嫌なオンナでしょう?
彼の綺麗な頬に指先を這わせれば、それを彼のものに絡め取られた。

「ねえ、なまえ。」
「ん?」

名前を呼ばれて、ぐっと片腕で抱き寄せられる。彼の体がより一層近くなった、その鼓動も聞こえるくらい。ちょっとだけお尻が浮いて、彼の太ももの上に乗せられれば、わたしの顔は彼よりもすこし高い位置になる。薄い色の瞳は、わたしをじっと見つめて、それがなんだか恥ずかしいと、誤魔化すように笑ったわたしの唇に、彼は軽くキスをした。

「アンタが嫌な女だっていうなら、アタシはもっと嫌な男になれるわ。」
「わたしより?」
「そう。だって、アンタがいない世界なんて、いらなくなりそうだもの。」
「ふふ、それは、酷いわね。」

彼の返答に、おもわず、笑みがこぼれる。ひどい、だなんて、思ってもいない。ただ、わたしは大概、嫌な女だから、アナタがそんなこと言うのが嬉しいみたい。わたしは、お姫様みたいに、ホワイトな世界に生きてなかった。他人にそう例えられたとしても、そう思われていたとしても、そんなオンナが、こんなこと、思うはずないでしょう?アナタがいない世界なんて、いらない、だなんて。
もうずっとまえから、わたしは毒に溺れているの。だから、自分のいない世界がいらないと微笑むアナタが、ひどくひどく、愛おしい。元の世界に帰らないことを決めたのは、わたし自身だった。
指先に落とされる唇は、まるで、誓いのキスのよう。



sin pijama
(アンタがおもう以上に、アタシはひどいオトコ。)







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