00-01.



騒々しい音がした。
だけど、まだ眠くって、起きる気持ちにはならない。いつも朝は苦手だった。目覚ましの音じゃないなら、まだ大丈夫。と、再度、夢の中に落ちていきそうな気分。だから、ぐいっと体が引っ張られるなんて思わなくて、その衝撃に、わたしの体は目覚めざるを得なくなった。


「な、に?」

ぱちぱちと目を凝らして、何が起きているのかを確認してみるけれど、目の前にあるのは、真っ暗闇。箱のようなものに閉じ込められているのか、先ほど横になっていたのがウソのように、背中にも、そして、目の前にも壁がある。
人生で色々なことはあった方だと思う。でも、そんなわたしだろうと、流石にこんなことは、今までにない。夢だと思う方が幾分かまともで、そういえば、夢の中で夢だと気付くことはないな、なんて思った。
このドアが開く頃には、きっと夢から覚めて、そして、いつもの朝がやってくる。ああ、起きるのも嫌だけど、こんな夢が続くのも嫌だわ。もう少しは自分の見たい夢を見せてくれてもいいと思うけれど、如何せん、わたしの夢は自分の思ったことを見せてくれたことなんてなかった。

どれくらい経っただろう。
もう一度眠ってみようと思ってもそうはいかず、何度試してみても、扉は開かない。どうにもならないと諦めたけど、足腰にかかる負担は夢ではないようにも感じた。その大きな要因は、裸足ではなく、ヒールだってこと。どうして、わざわざこんな事態になってまでヒールを履かせたのよ、わたしの夢は。暗闇で足の底までは分からないものの、このかんじは8cm以上あって、かつ、ピンヒールだ。ほんと、変な夢にもほどがある。
何度目かのため息をついたところで、座り込むことすら許さない狭さの中で立っているのも苦しさが限界。体を目の前の壁に預けていれば、ガチャガチャと外の音が聞こえた。

「はあ、まったく。勝手に開く棺があったと思えば、あの鍵で開かない棺があるなんて、とんだ年ですよ。」

そう聞こえたと共に、扉が開こうとする。そこに全体重を預けていたわたしの体は、いとも簡単に倒れこんだ。普段なら受け身を取ろうとする腕も、足も、上手く動かない。ひい、と声にならない声を漏らしながら目をつむったのだけれど、どうやら誰かに受け止められたらしく、ふわりと男性っぽい香りが鼻をくすぐる。

「まったく、大丈夫ですか?」
「は、い...?」

ゆっくり目を開いたところで、ぼんやりした視界に入ってくるのは、シルクハットに鼻まで隠れるマスクをつけた男性だった。え?なに、え?と困惑するわたしを置いて、彼はやれやれ、と首を横に振る。やれやれ、じゃなくって、何そのハロウィンみたいな、もしくは、マスカレードみたいな。夢だとしても、こんな変な人が出てくるなんて随分だ。
その怪しい男はわたしの体を立たせようとするけれど、いまだに上手く力の入らない足のせいで、体をまたふらつかせることになり、再度、彼の腕に抱き留められる。すみません、と思わず、謝罪が漏れた。

「しかし、その格好はなんです?制服に着替えなかったんですか?」
「は?制服...?」
「君ね、マイペースにもほどがありますよ。」

それはこちらのセリフだ。わたしが困惑することを気にせず話を進める男には、絶対に言われたくない。
たしかにわたしはマイペース、それも、せっかちなほうの。彼の使ったマイペースは、ゆっくりという意味だと、流石に会話の流れで察した。ってか、なんだかそれはそれで、ちょっと、納得がいかないわよ。

「ただでさえ、今年はハプニングがあったっていうのに。」

はあ、とわざとらしい溜息を彼がついた頃には、ようやく、自分の足で地面を踏めるようになっていた。体を引き離し、あの、すみません?そうわたしが、おずおず口をはさむと、マスクの奥の瞳だけがこちらに視線を向ける。なによ、わたしが悪いっていうの?勝手にはなしをすすめるアナタが悪いんじゃない?そう言いたいけれど、威圧的な空気を出されている中、それを口にすることは躊躇われる。
そう冷静になってみたところで、この男の格好を見ても、部屋を見渡してみても、全てが普通じゃなかった。夢だということは分かっていても、質問せざるを得ない。

「ここ、どこですか。」
「アア!空間転移魔法のせいで、記憶が混乱してるんですねぇ。」

かわいそうに。だなんて、男からは、思ってもないような声色が返ってきた。そして、ひときわ存在感を醸し出す大きな鏡の方へ歩いていったと思えば、男は、その前で、くるりとこちらを振り返る。
肩から羽織られたブルーのコートが大きく円を描いたのは、まるで映画のワンシーンのようにも見えた。

「説明してさしあげます。私、優しいので。」

そんな言葉と裏腹に、彼の話す内容が全く優しくないだなんて、誰が想像しただろう。




(夢ならば、はやくさめてくれたっていいでしょう?)







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