01-01.
すっきり目覚められたかといえば、答えはノー。朝が弱いこともあるし、いくらなんでも、起床時間がすこぶる早かった。ちょっと待って、学生ってこんなに早起きだったっけ?と問いかけたいくらい。久しぶりの早起きに、まだ頭がくらくらする。
朝一にクロウリーに呼び出されたわたしは、学園長室で”マジカルペン”なるものを手渡された。そういえば重要なものをお渡ししていませんでした、と重要なもののはずなのに、割と軽めに。
「貴方が魔法を使う上で、必ず必要となるものです。なくしてはいけませんよ?
なんといっても、希少性の高い魔法石ですからねぇ。ああ、こんなものを用意するだなんて、なんて優しいんでしょう、私!」
相変わらず胡散臭いところはあるものの、この男に見捨てられては、わたしは元の世界に戻ることが出来ない。ありがとうございます、となるべく丁寧に、そして笑顔で接するのは、ある意味、この世界で生き残るためでもある。そりゃあそうよ、少しでも、確率を上げたいもの。誰になんて言われても、そうするわ。
「そういえば、昨日は宿直室に泊まったそうですね。私優しいので、今回は見逃しますけど、貴方の寮は昨日案内された場所ですから、今日以降はそこへ泊るように。」
「・・・分かりました。」
「親の仇のような目で見ないでください。」
「そんな顔してないですもん。」
「はあ。今日から同じ寮の2人も貴方と同じく、クルーウェル先生のクラスですからね。仲良くするように。」
分かりました、と2度目の返事をして、学園長室をあとにした。クロウリーに言われなくても、同じ寮の子達とは仲良くするに決まっている。それ以外の選択肢は、むしろ、ない。この世界でわたしに居場所はないのだから。子供じゃないのに、学生をやり直すからこそ、ここからの居場所を、自分で作っていかなければならないの。いい大人だからこそ、特にね。
一限目の授業は、魔法薬学だった。担当は、クルーウェル。昨晩の時点で、遅れるなよ、とも、白衣を忘れないように、ともクギを刺された。
魔法薬学室は、あの寮のそばだったはず。地理を覚えるのは苦手じゃない、むしろ得意な方だった。一度行った場所は、複雑じゃない限り覚えられる自信がある。この学園は、確かに広さはあるものの、複雑な道じゃない。この時間なら、余裕を持って教室に到着出来るだろうと思いながら、階段を駆け下りる。
朝が早かったとはいえ、もう学園内には学生達が姿を現していた。自分がこの場にイレギュラーなことは、彼らの反応を見る前から分かっていたけれど、こうもあからさまに視線を感じると、なんだかむずがゆいような、居心地が悪いような。わざわざ声をかけてくる生徒がいるはずはないだろうけれど、足早にこの場を去るのがいいことは分かる。
校舎を後にしても、定刻に合わせた生徒たちは増えるばかり。一応気を使って、なるべく隅を歩き、自分の気配を消そうとするけれど、さすがに無理はあった。もちろん、そうとは分かっていても、そうするのと、しないのなら、後者の方が幾分にもマシだけどね。
「・・!」
「っ、あぶね!」
メインストリートを曲がろうとしたところで、勢いよく曲がってきた生徒とぶつかりそうになった。体つきの大きな男子生徒に、女性であるわたしであれば、確実に自分の方が受ける反動が大きい、間一髪で避けられたのは幸運だっただろう。ふらりと、よろけたものの、転けることはなく、自分でなんとかバランスを取り戻す。
「ごめんなさい、」
「ちゃんと前見て歩けよ、って、なに、オンナじゃん。」
「え、珍しくね?つーか、なんでいんの。」
「あ、新入生です。」
新入生って年齢じゃねぇだろ、ってツッコミは耳が痛いからおやめよ。ぶつかりそうになった相手は、まあまあ素行不良そうな3人組だった。久しぶりにこんなに分かりやすいヤンキー見た、なんて思いながら、なるべく普通に会話をしておく。
過去のクラスメイトにも素行不良はいたし、この歳になってもくると、高校生のヤンキーに対して物怖じをしていられない。わたしの方が歳上だという優越感もあり、全てのことを可愛らしいとすら思える余裕がある。年齢って、まあまあ怖いわね。
「まじか〜。どこいくの?」
「魔法薬学室ですね。」
「えー、こっち来ちゃっていいわけ?魔法薬学室って、校舎裏の方だけど。」
「それな、真逆っしょ。」
そう言った彼等に、向かおうとしている方とは真逆の道を指さされる。まさか、あれって魔法薬学室じゃなかった?勘違いしてただなんて、心底恥ずかしい。
ありがとうを伝え、今度は彼等の指さした方へ足を早めた。遅れるのは論外だし、多少早めに到着していないと、クルーウェルにもまた呆れられてしまう。彼には頭があがらないのだ、急がないと。
校舎裏、ってここで合ってるのよね?だだっ広い校舎の裏側に到着してみたものの、それらしき建物は見当たらない。刻々と時間が無くなっていくことに、焦りを覚えるのは当然だった。さすがに、このままではまずい。焦りを超えたイラつきを感じて思わず地団駄を踏み、それではおさまらぬ苛立ちを発散しようと、木の幹に蹴りを入れた。
「どこよ!?!」
おおきな木の幹はわたしの蹴りで何か変化がある訳じゃない。ずん、と自分の足にだけ衝撃が走って、思わず顔をしかめた。わかっちゃいたけれど、そうでもしないとちょっと冷静になれそうになかったのだ。ゆっくり足を下ろし、ヒールのソールを確認する。良かった、傷にはなって無さそう。
「みて〜ジェイド、ウケんだけど。」
「おやおや。フロイド、女性に向かってそんなことを言ってはいけませんよ。」
不意に背後から聞こえた声に驚き、反射的にうしろを振り向くと、高身長の同じ顔が2人、会話が聞こえる程度の距離から歩いてきた。いつの間に、人がいたんだろうか。
見られてはいけないものを見られたことに、焦りを感じる。何も無かったかのよう振る舞おうとしたわたしに、片方がぐっと距離を詰めてきた。驚いて思わず1歩うしろに下がれば、先程の木に背後を取られる。
「何もしてないわけないじゃん?靴痛めるようなことしたら、だめっしょ?」
「・・・ごめんなさい。」
「は?何でオレに謝んの?」
「えっと、なんとなく?」
「なにそれ。」
ヒールを履いていてもなお、わたしより大きな彼は、見上げても遠い場所でケラケラ笑った。ここまで威圧感を感じることは、普段ならないだろう。ただいまは、この距離感で圧倒的に見下ろされるのは、気分が良いものではないのだなと不意に思った。左右で違う色の瞳が、まるで捕獲者のように、じっとこちらを見つめるのだから、当然かもしれない。
けほ、と噎せるような声が今度は地上の方から聞こえ、彼らのうしろに、うつ伏せになった生徒が倒れているのが目に入る。え、いや、そんなことある?人が倒れてるとか?ここ学校でしょ?心の中で困惑するわたしを横目に、片割れの彼が横たわる生徒を踏みつけた。踏みつけた?うそ?え、待って?そんなことする?ふつう???
「お静かにお願いしますね。」
「え、ちょっと、」
「アーアイツらね、悪いことしたから、あーなってんの。」
「ふふ、失礼致しました。」
失礼いたしました、じゃなくって。という突っ込みを入れられるほど、空気を読めないわけじゃない。人生において、まあまあ色んなことがあったと自負しているけれど、足元に人が倒れていて、それを踏みつける人間を目の前で見るだなんて、初めての経験だ。
しかも、さも平然と、彼等は会話を続けてくる。どうしてここにいるのだとか、なにしているのだとか。とりあえず、それに答えを返すことしかできなかった。
「おや?魔法薬学室は、こちらではありませんよ。」
「え、ウソ・・・?!」
「騙されてんじゃん。」
始業までは、あと10分を切っている。ここから逆に走っても間に合う気がしない広大な敷地。もう一度、うそ、と思わず口にしたわたしに、ケラケラ笑った片割れが、たすけてほしい?と、目を細める。その言葉は、悪魔のささやきにも聞こえた。
きっと、まともじゃあない。人を簡単に踏みつぶせる道徳心しかない人達だなんて、やばいに決まっている。それでも、わたしのこの学園生活初めてのクラスに遅れたくない気持ちは、その疑心や恐怖を上回ることが、あまりにも簡単だった。
「・・・たすけて、ほしい。」
その答えに、2人はわたしの手を取る。
(海の魔女の慈悲の精神で、貴女を救って差し上げますよ。)
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