01-02.



魔法薬学室に到着したのは、見事ギリギリだった。
教室の前で、担がれたわたしを見たクルーウェルは、顔をしかめて、何をしている、リーチ弟。と少し声を荒げた。確かに、この状態で鉢合わせしたら、その反応にもなるか。わたしが教師でも、ギョッとするだろう。
そんなクルーウェルを平然とかわした彼は、わたしを降ろして、放課後ちゃんと来んだよ?と念押しし、気だるげな歩き方で去っていく。わたしを運ぶ時の彼はどこいにいってしまったのか。ひどく落差のあるテンションだった。

「ハア。初日から余計な奴らに絡まれたな。」
「そんな気がします。」

余計というのは、多少言い方が悪いかもしれないけれど。現に、彼は対価を要求したものの、ここまでわたしを運んでくれた。正直、わたしのスピードじゃ間に合っていなかった自信がある。こうしてクルーウェルと会話できるのも、ある意味彼のおかげだ。そして、対価を払うと決めたわたしの覚悟のおかげでもあった。
勿論、その対価というのは、並外れてやばい事ではない。どんな要求をされるのかと不安がゼロだったわけじゃないものの、「彼等の寮で運営するカフェの人手が足りないから今日の放課後に助けて欲しい」が、彼等の求めた対価。まあ、それくらいだったら、何か問題が起こることも考えにくいだろう。
とはいえ、それを説明したところで、クルーウェルの厳しい顔は変わらなかった。

「どんなことを要求されるか分かっていて、手を取ったのか?」
「だって、授業に遅れたら先生、怒ったでしょう?」

わたしの言葉に、眉間に指先を当てて、クルーウェルは大きく溜息を返す。何か言いたそうな彼の反応と同タイミングでチャイムの音が流れたため、とりあえず早く入れ、と彼に背中を押されて、わたしはザワついた教室へと足を踏み入れた。

すこし薬品っぽい匂いがする教室。中央には実験用にも見える大釜と、それを囲むようにテーブルが設置されて、大体3人〜4人の組み合わせで生徒達が座れるようになっていた。
わたしをテーブルに座るよう促したクルーウェルは、大釜の前に立って、教師らしく立ち居振る舞う。彼の発言のあとに、それぞれのテーブルから出たブーイングは、もっともだった。鬼のようなレベルの暗記という内容に、できる自信が無いと思ってるのは、わたしだけじゃない。
同じテーブルにいた静かそうな生徒達とは正反対、隣のテーブルの3人組は騒がしかった。隣に目線をやって驚いたのは、女の子がいたこと。これが、同じ寮の女の子!と思ったのは束の間、クルーウェルの授業は始まっていく。んもう、ちゃんと早く来ていればコミュニケーションの時間があっただろうに!あの3人組め・・・もう終わったことだし別にいいけど、大人をからかいすぎよ!


「Stay!今日はここまで!」

チャイムが鳴り終わり、クルーウェルが授業を締めくくる。
すかさず、隣のテーブルの彼女に声をかけようとすれば、にゅ、と毛並みのある動物がわたしの目の前に顔を出した。猫のような見た目なのに、わたしが思う猫よりはサイズが大きい。中型犬くらいのサイズ感。そのサイズの猫だということや二足歩行なのにも勿論驚いたけれど、なにより、そのあと口を開いたのにも驚かざるをえなかった。

「なんなんだゾ!失礼なヤツ!」
「ごめんね!いきなりだったからビックリしちゃって!」

むっとした表情をするのが、とても可愛いくて、こちらが悪いことをしている気持ちになる。ぺこぺこするわたしに、俺様は優しいから許してやるんだゾ、だなんて、どこかの教師が言ったら胡散臭いセリフを口にしたけれど、この彼が口にするその言葉には、頬が緩んでしまう気がした。

「お前も生徒なのか?」
「そうなの。」
「その割に生徒って感じしねぇんだゾ!」
「おいコラ!グリム!!!」

素直すぎる発言に、両サイドから腕が2本。赤毛の男子生徒が、グリムと呼ばれたその彼の口元を押さえようとしたけれど、何すんだ、と暴れられてなくなく失敗に終わる。
もっともすぎる彼の発言を、わたしには咎めることはできない。そうよね、と笑えば、横にいた3人の生徒達が謝罪の言葉と共に、深々と頭を下げた。これはこれで、絶対におかしな図になってるわね。怒ってなんていないのに。

ひとまず、お互いに自己紹介を終えて、彼等と共に次のクラスへ移ろうと移動し始める。魔法薬学の教室を出ようとしたところで、クルーウェルがわたしを呼び止めた。

「脱げ。」
「はい?」
「白衣が邪魔だ。」

突然の彼の発言に驚いたのは、わたしだけじゃない。一緒に移動しようとしていたみんなも、ぎょっとした顔をした。そりゃあそうだ。大人じゃあるまいし、彼等だって高校生ですからね、違う想像するってのよ。大人のわたしですら、一瞬、意味を理解できずに聞き返してしまったのだから。まったく、紛らわしい。
白衣を脱いだわたしを、上から下まで眺めた彼は、口元に指を添え、少しだけ考え込むような仕草をした。数秒間そうしていたと思えば、今度はもう片方の手に持っていたステッキを一振りする。彼の魔法で現れたのは、わたしの身体にフィットするジャケットだった。・・・こんなことができるだなんて、まるでシンデレラね。

「ジャケットが足りていなかったからな。」
「あ、ありがとうございます?」
「この俺が見立ててやったんだ、美しくない着こなしはするなよ。」

その誇らしげな表情は、魔法使いというよりは、悪役に近い。鏡はないので、どんなスタイルになっているのかは分からないけれど、彼のセンスであれば間違いがないものだろう。

「さあ、次のクラスへ。仔犬共、遅れるぞ。」

満足そうに笑った彼に背を押され、わたし達は次のクラスへと足を急がせることになった。




(まだまだよく分からないけど、この世界で初めて会った女性が、変な人じゃなくってよかったっていうのが正直な感想だった。)







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