00-03.
ああ。酷い夢を見た気がする。長い夢から覚めた気分だ。
今日は何曜日だっけ、スマホの時計を見ようと枕元に手を伸ばしてもそれらしきものはつかめない。ハッと体を起こせば、そこは見たこともない部屋。
薄暗い中でも、サイドテーブルの燭台のおかげで、いくつかベッドがあることはわかる。そのうちのひとつに自分は横たわっていて、そして、ベッド下には自分のパンプスが丁寧にそろえられていた。
「うそ、でしょう。」
着ている服も、さっきの夢となにも変わらない。おかしいってことには、流石に気づいていた。
ねえ、さっきあの仮面はなんて言った?夢じゃ、ない?と、その言葉が反復して、声にならない声を上げる。うそだ。うそ、そんなわけがない。だって、毎日会社に行って、楽しくランチをして、業務後や土日を好きに過ごして、そんなライフスタイルを送っていたのだから。
充実したそんな日々が、突然なくなるとは思わない。いままで積み上げたキャリアをもとに、これからの人生だって考えて、ねえ。うそだっていって。理解したくなくて、でも、徐々に理解する頭が、くやしい。ぼろぼろ、勝手に涙が零れ落ちる。ベッドの白いシーツには、簡単にシミが出来た。
声をこらし、しばらく泣いていた気がする。すこし落ち着いた、と思った頃、こつこつと足音がして、そして、大きな扉が開かれた。そこにいたのは、クロウリーと、知らない男性。
「いやあ、びっくりしましたよ。闇の鏡に吸い込まれるなんて、ご無事で何よりです。」
マスク越しにもクロウリーは、胡散臭い笑顔だというのが分かった。まさか、泣いていたとは思われたくなくて、何もなかったかのように振舞う。クロウリーの奥からこちらへやってきたツートンカラーの男性は、眉をひそめてわたしまで体をかがませた。
「特に異常はないな。」
「あまりにも目覚めなかったもので、お手を煩わせてすみません、クルーウェル先生。」
「いえ。では、これで。」
部屋には不釣り合いな毛皮のコートをなびかせ、クルーウェルと呼ばれた男は立ち去ろうとする。あ、お待ちください、とクロウリーに呼び止められ、何かを話せば、彼は驚いたようにこちらに視線を向けた。何か言いたげな瞳でしばらく見られた気はしたけれど、泣いた顔で誰かと視線を合わせるのは気まずい。何も気付かないふりをしていると、彼はようやくその場から立ち去った。
今度は、代わりにクロウリーが、わたしの目線に合わせるような小さな椅子に腰を下ろす。
「君もどうやら、異世界から来たようですね。」
「まってください、も、っていうのは...?」
「実は、今日の入学式で、迷い込んだんです。魔法も使えない、異世界からの生徒が。」
思わぬ事実に、驚きを隠せない。まさか、自分と同じ境遇の人間がいるだなんて。こんな状況で聞くもう一人の情報は、ひどく心強く感じた。
なんでも、その生徒は、魔法も使えない未成年の女の子らしく、クロウリーが元に戻る方法を探すよう約束をし、雑用係としてこの学校に留まることとなったらしい。君が元に戻る方法も、一緒にさがして差し上げます、私優しいので。と彼が誇張した声を出した時には、流石に頭を下げた。戻れるものなら、戻りたい。わたしの大好きな場所へ。
「というか、そもそも、わたしだって魔法は使えないんですけど...?」
「いえ、君は使えますよ。そうでなければ、闇の鏡に突然吸い込まれるなんてありえないでしょう?」
「え?そういう?」
「はい。ただ、君の場合は、魂の資質がねぇ。」
はあ、とわざとらしく、ため息をつかれる。ため息をつくほどひどいことがあったのか、と尋ねれば、簡単に答えが返ってきた。
通常であれば、7つの寮のいずれかに振り分けられるのが当然だけれど、わたしはそのどれにも当てはまらないらしい。魂の資質で、振り分けられる寮が決まっているのに、その資質がどれとも違うだなんて。わざわざ、異世界から来たっていうのに、あんまりじゃない?
「まあ、君もあの寮がいいのかもしれません。」
クロウリーの言うあの寮、がとんでもないだなんて。このときは、知りもしなかった。
(流石に、今日は保健室で休んでもらいましょうか。私、すっごく優しいので。)
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