00-08.
空はすっかり闇に包まれていた。
寮に案内すると連れてこられたのは、外から見てもまあまあ趣がある、いや、率直に言わせてもらうと、古びれた洋館、っていうか廃墟だ。板が張り付けられた窓から明かりは漏れることもなく、静寂が広がっていて、どこからどう見ても、人が住んでいるようには見えない。本当にここなのか、と疑いたくなるレベル。
クソ!何が、キミの寮はあそこでですかねぇだ。あのとき、正確に何て言われたかなんて、もう忘れたけれど、どの寮にも当てはまらないわたしを、ここへ追いやったようにも見える。そこまで歪んだ捉え方はしたくないものの、誰がどう見ても、住む場所としては難ありだろう。
そうね。もし、わたしの世界で、こんな場所に住めって言われたとしたら、タダであっても、ノーと答える自信があるわ。
「これは、廃墟じゃなくて?」
「昨日から人は住んでいると聞いているが。」
「電気もついてないですけど・・・。」
門のところで踵を返そうとするクルーウェルを、逃がしたくはなかった。流石にこんなところに一人おいていかれるのは、好ましくない。むしろ、嫌だ。彼の腕を引いたりはしないものの、帰らないで欲しい、というオーラを出す。
小さくため息をついた彼は、ギイと音のなる門をくぐり、わたしと共に玄関口までやって来てくれた。3回、大きめのノックをしたけれど、誰の返事もない。しばらくして、今度は隣の彼がお高そうな手袋越しに、古びた扉を叩く。また同様に返答はなく、その扉はクルーウェルによって開かれた。
薄暗い室内には、ひとつの灯りもない。クルーウェルが手持ちのステッキを一振りすると、灯りが舞うように現れ、そして、電球にそれらがともっていく。まるで、生き物のように動く光を、指先で追いかけようとするわたしを、彼は鼻で笑った。魔法は初めてか?と。
「わたしの世界では、お目にかかれないものですから。」
「この世界の常識だな。」
「そうみたいですね、きれい。」
1つだけ残った光が、わたしの周りをふわりふわり飛び回り、そして、しばらくするとスッと彼のステッキに戻っていく。これをわたしの世界で行うとすれば、マジックか、あるいは、テクノロジーでしかありえない。
自然の力を扱うなんてのは、おとぎ話。でも、それが自分の目の前に起こるというのは、不思議なことであり、かつ、興味が尽きないことのようにも感じた。この世界の欠片すら、まだわたしは知らないのだ。
「誰もいなくないですか?」
「そうだな。」
灯りがついて尚、誰の気配もない廊下。彼のソールの音と、わたしのヒールの音だけが交じり合う。
「ひひひひ・・・」
どこからともなく響いた笑い声に、思わずその足を止めた。気のせいかと、うしろを振り返ったけれど、何もいない。歩みを変えずに先へ向かうクルーウェルを追いかけようとしたところで、突然、影が浮かび上がった。
「おや。お客さんかい?」
「?!」
半透明よりもすこし濃く青白いものが浮かび、こちらに声をかけたのに、思わず声が漏れる。それ程驚いたのだ、その物体に。うるさく動く心臓をぎゅっと自分の左手で押さえた。こんなの、心臓に悪くないわけがない!
困惑を超え、混乱をするわたしを差し置き、クルーウェルはさも当たり前のように、それらと会話をし始める。
「新しい住人だ。ここに昨日来た奴らはどうした?」
「帰って来ないねぇ。」
「出ていっちまったのかもなあ。」
わたしを物珍しそうに眺める彼等に対し、少し距離を置かせるクルーウェルを見て、紳士だな、という感想が出るくらいには落ち着いてきたけれど、それでも、ここに一人で置いていかれるのは、納得できない。最悪、一人じゃなければ、大人なので我慢はするわ。でも、同居者の姿は見当たらない中で、このゴーストたちとの共同生活は、なかなか耐えられなさそうというのが、正直なところ。恐怖心を感じるのは失礼かもしれないけれど、突然出てきて、こうも驚かされるのに驚かない人なんて、いるわけないでしょう・・・?
「同居者の方がもどるまで、ここ以外じゃだめですか?」
「ここ以外?」
「ちょっと、さすがに、ひとりは、」
「ああ、なるほど。コワイんだな?」
まるで、子供に尋ねるような言い方をされる。そうなんだけど、そうだと回答するのは、悔しい。ちがいます、と思わず答えたわたしとは正反対、クルーウェルの顔は少し綻んでいた。彼もいい大人だ、こちらが体裁を整えようとしたことなんて、わかりきっているのだろう。
「昨日の保健室とか、だめなんです・・・?」
「入院患者が出たからな。」
「いっそ野宿とか?」
「野宿・・?朝は気温が下がる、その格好ではやめておけ。」
わたしの提案は、すべてクルーウェルによって却下だった。保健室もだめ、野宿もだめ。ほかの方法も、なし。野宿を出来る図太さはあるのに、幽霊との同居はいやだなんて、彼からしてみれば理解できないことなのだろう。野宿に関しては、どれだけ食い下がっても、認めてもらえなかった。そんなに治安が悪いようにも見えないのだから、ありな気がするのに。
ここにはいたくない。行く当てもない。夜はどんどん更けていくばかりで、解決方法も見つからない。
「ゴーストを見たことはなかったのか?」
「見える人のほうが、極少数ですよ?」
先ほどまでいたはずの彼等は、もうすっかり消え去っていた。残ったのは、荒れ果てた廊下だけ。
「まるで、生まれたての仔犬だな。」
「何がです?」
「お前がだ。」
はい?と困惑するわたしに、ついてこい、とだけ言うと彼は踵を返す。たしかに、右も左も分からないわたしは、彼からしてみれば、赤ちゃんなのかもしれない。
そう、だって、ここは。わたしの知らない世界。
ツイステッド・ワンダーランド。
こんな世界で、一体わたしは何をしたらいいというの?
そんなこと、誰も教えてくれはしないの。
(わたしがここにいる”理由”が明確であれば、よかったのに。なんて、とても都合のいいことかしら。)
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