「おはようございます。」

そこそこ人の乗ったバスで街へ出て、高層ビルのエレベーターに押し込まれたあと、自分のオフィスの重厚なドアを開く。そんな、毎日と変わらないルーティン。
10:00の始業に間に合うようギリギリ出社の人間が多い中、わたしは20分前にはIDカードを打刻機械にかざしている人間だった。まじめだとか、そういうんじゃない。ただ、会社が気に入ってるだけ。気に入らない職場であれば、始業ギリギリの出社時刻になって当然だとすら思うわ。

わたしよりも早く来ている人は、いつも大体決まっている。
扉から入ってすぐの自席へ腰をおろし、バッグを広々としたデスクの端において、ウォーターサーバーから、水とお湯を半々にしたものを用意し、パコソンに電源を入れた。デュアルディスプレイの双方に、パソコンメーカーのロゴが表示され、パスワードをうち込んだところで、デスクトップの画面に遷移するのを、ぼんやりと見つめる。
黒い壁紙に、自分の影が浮かび上がったと思えば、その後ろに、もうひとつの人影が映り込んできた。

「おはようございます、今日もお早いですね。」
「おはようございます、リーチさんこそ。」

声をかけてきたのは、取締役アズール・アーシェングロットの担当秘書、ジェイド・リーチだ。秘書といえば、女性ばかりのイメージがあるが、弊社の秘書は半数が男性。同じ秘書でも、担当役員によって、業務内容すらまったく違う。アーシェングロットさんは、秘書に求めるハードルが高く、リーチさんくらいにしか彼の秘書は務められないほど、業務の内容が難しい人でもあった。長い付き合いが幸いしてだと彼は言うが、それが謙遜だというのは、同じ秘書というポジションにいると、流石に嫌ほど分かる。
この会社は、秘書とはいえ役員並みに仕事をするメンバー達も多い。流石は、設立5年目のベンチャー企業だと思う。すでに1000人のスタッフをかかえ、いまも右肩上がりで成長を続けるのだから、そりゃあ、コアメンバーの能力はかなり高いに決まっている。ある意味、カリスマと呼ばれる人達が揃っていた
この会社にたまたま入ったわたしは、ラッキーなのだろう。しかも、そんな会社の社長秘書なんて、そうそうなれやしない。実を言うと、他の役員秘書の方が、仕事量や責任が重く、大変なのだけど。わたしは、ほんとに、サポート業務くらいしかしていない。たまに、あまりの格差に自分のことを卑下したくなる程には、この会社には化け物(すごい人たち)が沢山いた。

「アーシェングロットさんが、社長とのお時間を本日30分ほどいただきたいそうで。始業前に申し訳ありません。」
「いえ、大丈夫です。社長は14:00からなら空いてたかな...あ、アーシェングロットさんが来客のお時間ですね。」
「なるほど。」

デスクトップに広げられたスケジュール画面。スケジュール調整の社内カレンダーを確認し、彼のオーダーに答えていく。アーシェングロットさんは、社長よりも多忙なことが多い。スケジュールの調整は、社長が優先という暗黙の了解はあるものの、アーシェングロットさんの来客の予定を調整させるというのは、かなり失礼なことでもあった。歴代の社長秘書は、ゴリ押しタイプだったようだが、わたしの代になってからそれがなくなったらしい。

「16:00から16:30って、調整いただけます?この時間ならこちらの予定も調整出来ますので、そのお時間でお願いしたいです。」
「承知致しました。すぐに調整いたしますね。」

そう一礼すると、彼はすぐに自席へ戻っていった。そのあとすぐに、スケジュールの調整がついていくのだから、仕事が早いったらありゃしない。
スケジュールの調整は、正確かつスピードが求められる。わたしも彼に負けじと、デスクトップと睨めっこをし、自分の上司の予定を調整するのだった。

月曜日の朝。フロア柄、役員に近いポジションで仕事をする人が多いせいか、5分前には会社に着いている人がほとんどだ。
とはいえ、役員は1時間遅い時間に出社が定常。社員と同じく10:00前に来ているのは、ローズハートさん、アーシェングロットさん、そしてシェーンハイトさんくらいなものだった。始業前にもかかわらず、それぞれ役員用の大きなテーブルで、パソコンや書類と睨めっこしている。
時計の針が、キッカリ10:00を迎えた。何か音が流れるわけではなく、時間に正確なローズハートさんが立ち上がったことが合図となり、始業開始のこの時間に、各取締役管轄直下毎の朝会が執り行われる。
社長管轄はそれぞれ自分達のプロジェクト内容が違うので、何か共有ごとがなければ、すぐに終わるのが普段通り。特に何もなく終了した我が管轄の真隣で、ローズハートさんが癇癪にも聞こえる声を出すのは、見慣れたものだった。

「エース!デュース!また遅刻だね?!」

名指しで呼ばれた2人は、10:00を過ぎた時間にフロアに到着していたに違いない。エレベーター渋滞に巻き込まれたのだろうけれど、ローズハートさんはそれを許してくれる上司ではなかった。毎回飽きないなあ、とローズハート管轄の朝会を遠目で見つめて席に着く。
これがローズハート管轄じゃなきゃ、あの2人も許されただろうに。新卒から厳しい部署に配属されたのは、ある意味、不憫でもあるけれど、それで良かった気もする。
わたしも、この会社に来て、ローズハートさんの雷を何度落としたか分からない。社長秘書という立場でありながら、管轄の違う彼に雷を落とされるのだ。最初はかなりめげそうな事もあったけれど、不器用な人だと分かってもきたし、彼の気になるところをこちらが事前に分かるようにもなったことで、かなり良好な関係は築けているはず。まあ、まだたまーに、機嫌によっては雷のとばっちりを受けるけれどね。まあ、あれはローズハートさんの特性かしら。

「みょうじ、調整して欲しいことがあるんだが。」
「はい。いかがしました?」

社長室室長に声をかけられて、ふと我に返る。
さて。月曜日、今日から1週間の始まりね。




Monday morning







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