朝から災難だった。ローズハートさんの案件確認を任されるだなんて。クローバーさんの機転で、なんとか、かいくぐることが出来たとはいえ、正直ぐったりだ。
今日のランチは、穏やかに過ごしたい。そう思ったのもつかの間。

「Bonjour, madame.」

12:45、ランチになる少し前の時間に席を訪ねてきたのは、ハントさんだった。気配を消して話しかけてくるのが彼のお得意なのか、いつも声をかけられるまで気付かない。少し驚くわたしを見て楽しんでいるようにも見えるので、きっとわざとなのだろう。
ハントさんがわたしの席を訪れるだなんて、何かあったのだろうか。昨日のシェーンハイトさんとの一件があるので、正直、気まずい気持ちがないとは、あながち言えないのだけれど。当事者ではない彼にはそんなこと、お構いなしだった。

「今日のランチに、Roi du poisonが、キミをご所望なんだ。ご都合はいかがかな?」
「えっ?わたし、何かしました・・・?」

まさか、身に覚えがないお呼び出しをされるとは。しかもランチに?シェーンハイトさんと?いや、草でも食べるんか?思わず、どこかの地方芸人のような突っ込みの仕方になってしまうくらい困惑している。
その証拠に、ハントさんへ返したのは疑問であって、お誘いへの返事ではない。むしろ、この状況で、どちらかの返事を返せる人間なんているのだろうか。わたしには、ちょっと難しかった。

「彼は、キミと話をしたいようだよ。」
「ええ・・・シェーンハイトさんと何話したらいいんです・・・?」
「フフ、他愛のない話さ。」

いや絶対それはウソですってば。行かなくても、わざわざ呼び出しされる時点で違うことは分かるじゃないの・・・。そんなことを、秘書であるハントさんに伝えられるほど、わたしも肝が据わっているわけじゃない。
そして、このお誘いをお断りするという権限も、わたしにはなかった。お誘いを受けたわたしにハントさんは、では13時に迎えに来るよ、と去っていく。
ああ、まだ水曜日だっていうのに、朝からローズハートさんで、ランチはシェーンハイトさんで、今晩はアーシェングロットさんだなんて、気疲れして頭がいかれるんじゃないだろうか。いや、そこまで気遣っているわけじゃないけれど、わたしにだって少しは、疲れる感覚がある。


「悪いわね、急に。」
「いいえ!お誘いありがとうございます。」

ハントさんに連れられたのは、会社の近くにあるイタリアンのお店だ。サラダランチがあって、女性陣には人気のレストラン。ぬかりなく予約された個室へ向かえば、既にシェーンハイトさんが席に座っていた。
失礼します、とハントさんが引いてくれた椅子に座り、3人で4人席のテーブルを囲めば、まるでわたしが彼らに面談をされているような形にもなる。ランチの内容は選ぶ権限があったらしく、メニューを見せてもらえたが、流石にシェーンハイトさんの目の前でパスタなんて選べる余裕はない。選択したのは、彼と同じくサラダランチだ。

「ルークから聞いたわ。ウチのエペルの面倒を見てくれたんですって。」
「えっと、面倒・・・ですか?」
「Monsieur姫林檎達と、昨晩はteufだっただろう?」

オーダーを終えると、まるで本題に入るかのようにシェーンハイトさんが口を開いた。でも、面倒を見た記憶もないし、ハントさんの口から出た単語の意味も分からない。昨晩といえば、飲み会だったので、きっとそのことを指しているのだろうとは予測できたものの、なぜそれを知っているのかという疑問と、面倒という面倒を見てはいないこともあり、ちょっと回答に困った。
歯切れの悪いわたしに、あのね。怒ってるわけじゃないのよ、リドルと一緒にしないでちょうだい。とシェーンハイトさんは小さく表情をゆがめる。怒られているとは思っていないけれど、確かにこの歯切れの悪さは、彼にそう感じられても仕方がなかったかもしれない。

「いえ、あの。面倒という面倒を見たわけじゃないな、と思いまして。」
「そう?ルークから聞いた限りだと、大分フォローをしてくれたみたいだけれど。」
「ルークさん、昨日いらしてないですよね・・・?」
「ふふ、油断は禁物だよ。」

シェーンハイトさんの隣で、ハントさんはにこりと笑みを浮かべる。その言葉の通り、確かに彼は神出鬼没だった。どこかで見られていたのかもしれない。彼の件は、あまり深追いをしてはいけない気がする。
とりあえず今、確かな情報として整理されたのはハントさんにリークされた情報が、シェーンハイトさんに伝わって、今この場所がセッティングされた、ってこと。ありがたいような、そうじゃないような。

「ねえ。あの子たちをアンタはどう見てる?」
「どう、ですか・・・。」
「アタシ達よりも、距離は近いでしょ?」
「まあ、そうですね。ある程度、だとは思いますが・・・。」

それは、女性だってこととか、ポジションが関係してだとは思うけれど。彼の言うよう、特に入社2年目の新卒ちゃん達によく声を掛けてもらえるのは、事実だ。わたし自身がこの会社に来て彼等とあまり年数が変わらないというのもあるし、話しかけやすい席にいるのもある。社長に確認する場合は、相談されることも多いしね。
ただ、どう、というシェーンハイトさんの疑問に答えるのは、とても難しかった。何と答えるのがいいのか。わたしの個人的な感想であれば、まだ、若いなと感じることもあるし、でもそれは、2年目だという以上、仕方のないことでもあるし。ただ、人としての彼等は多少近く感じるものの、仕事ですごく濃い絡みはしていなので、評価できる程の基準もない。
まあ、しいていうなら、上司が厳しくしすぎると本当に伝えたいことが伝わらないことも多いのかな、なんてのは昨晩感じた気がする。

「難しいご質問ですね・・・。」
「アンタのことは、正当に評価しているつもり。
それこそ、言いたいことがあるなら、ちゃんと言いなさい。それが会社に対する内容であれば、今後の成長にだって役立つ。何の意見も言わずに、へらへらしている必要なんてないの。」
「へらへらしてます?」
「そうね。たまに。」
「うそ・・・。」
「まあ、それは同時に柔らかさでもある。色んな人間と関わる以上、尖っていて仕事が出来ないのも分かるわ。アンタのよさでもあるんでしょうしね。」
「え、っと。褒めてもらえてますか・・・?」
「ちょっと、アタシが人を褒めない人間だとでも思ってたの?」
「いえ、その、シェーンハイトさんは当然のレベルがお高い方なので、周りに求めるものも同様なのかなって・・・。」
「それは当然ね。ただ、自分にないものを持つ人間を評価する時には、同じ価値観でははかれなくてよ。」

いつも厳しく見える彼の言葉だ。優しい言葉を普段からくれる人のものより、何十倍もうれしい。それが思わず顔に出ていたのか、少し呆れられたような、けれどその奥に優しさを感じるような笑みを浮かべられた。
器用になんでもこなす人に見えて、案外、そうではないのかもしれない。失礼だけれど、なんだか、彼との距離が近くなったようにも感じるランチだった。彼にちゃんと伝えなければいけないことは伝えられたし、いい時間だったように思う。




Wednesday lunch







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