「おーい、なまえくん。」
「はい。」
「お弁当をお願いできませんか。」
「承知しました。」

今日の社長の出社時間は14:30を過ぎた頃だった。来て早々に、おつかいと称して、お弁当を買ってくるように頼まれる。これも、立派な秘書の仕事だった。
オーダーは、駅ビルの中に入っているハンバーグ屋さんのお弁当。お弁当で5000マドルだなんて、ちょっと一般感覚のわたしには信じられない。いや、いいんだけど。好きなものを食べてください。
ただ、こうも金銭感覚の違いすぎる人が周りに沢山いると、正直、一般感覚の人とお付き合いが出来なくなるんじゃないかという不安が少なからずある。社長や役員と距離が近いこともあって、お金の使い方を逸脱している人達を目にする機会が多い。そもそも、役員の人達って元々お坊ちゃまだったり、自分で他の収入がある人がほとんどみたいだから、そりゃあ、ああなるわよね。特にアジームさんあたりは、ちょっと金銭感覚がバグってる。
でも、何よりも一番の問題は、うちの会社のお給料は、他の会社よりも結構いいってこと。わたしとしては、もちろんありがたい。ただ、会社の人を捕まえようなんて思っちゃいない、逆にちょっと近いところで恋愛すると厄介そうだとすら思っているわたしからすれば、他社の人とお付き合いしたら、金銭感覚が合わないんじゃないかという不安はつきものだった。いや、まあ、別に好きな人もいるわけじゃないし、出会いもないし・・・無駄な取り越し苦労なんだけれどね。彼氏が欲しいかと言われれば、答えに難しく、どちらかというと、恋をしたい、が正解かも。
そんなことを考えながら、往復30分近く。時計が15時を回ったところで、ようやくビルまで戻ってこられた。

「お、なまえくん、お買い物っスか?」
「ラギーくん、お疲れ様。そうそう、社長のお弁当。」
「今日はおいくらマドル?」
「5000マドルですね。」

1階のエレベーターホールで鉢合わせしたのは、ラギーくん。ビニール袋を持ったところを見ると、コンビニに行ってきたのだろう。一般人に限りなく近い金銭感覚をしているラギーくんは、社長のお弁当の値段に、流石っスね〜と返答しながらエレベーターのボタンを押してくれた。

「社長って、秘書に同じ弁当買ってくんないんスか?」
「いや、この時間にもうワンターンのお弁当食べないでしょ?」
「何言ってンすか、夜飯用。」
「それはそれで、歪みない・・・。」

実家に結構な仕送りをしているという彼は、まあまあこういうところ、ちゃっかりしている。キングスカラーさんのお弁当を買いに行く時は、自分のものもついでに要求するし。社長のランチミーティングのお弁当が余れば、それを目ざとく頂きに来るし。そんなことももう慣れたもので、余った時には必ずDMでやり取りをしていた。

「おい、ラギー。」
「あれ?レオナさん、今日会社来ないんじゃなかったんスか?」
「クロウリーに呼び出されたんだよ。ったく、めんどくせぇ。」

なかなかやって来ないエレベーターを待っていれば、後ろからラギーくんに声がかかる。気だるそうな話し方は、振り向かずとも彼の上司であるキングスカラーさんだと分かった。
というか、社長が彼を呼び出しただなんて聞いていない。わたしにお弁当を頼んでいる間になのか、そもそも会社に来る前にだったのか、どちらでもいいけれど、どうしてくれるのよ、今日の予定。15:30からの予定はほとんど来客で埋まっている。キングスカラーさんを呼び出したところで、どの時間で話すおつもりですか、社長・・・。絶対自分の今日の予定、把握してないんだから。

「おい、その顔はまた聞いてねぇのか?秘書としてなってねぇな?」

喉を鳴らして笑ったキングスカラーさんは、わたしを小馬鹿にしたようにエレベーターへと入っていった。それを追いかけるものの、他の会社の人もいるエレベーター内で彼に言い返すことは出来ず、沈黙が流れる。
キングスカラーさんがちょくちょく会社を不在にするのを見かねて、社長はたまに突然、彼を呼び出すことがあった。それを快くは思っていない彼にとって、わたしもある意味、快く感じないこともあるのだろう。こうやって小馬鹿にされることはしばしば。かと思えば、距離を詰めるようなことをしてきたりも頻繁で、一様じゃないその態度に、入社してから今まで翻弄されっぱなしだった。
ラギーくんには、気に入られてるッスね〜、なんて茶化されるけれど。気に入ってる人間にすることじゃなくない?アジームさんに気に入られてるって言われるのはまだしも、キングスカラーさんに気に入られてるはないでしょ。そうわたしが素直に感想を伝えたところで、おマヌケさん。だなんて返される。ラギーくんも、なかなかわたしに辛辣なところがあった。

「お言葉ですが、社長が勝手にキングスカラーさんを呼び出すんです。わたしだって呼び出されたことを教えて頂きたいくらいですよ。」

途中のフロアで他の人が降りていき、エレベーターにはわたし達3人だけになる。ようやく言いたかったことを口にしたわたしに、エレベーターの端で腕を組んでいたキングスカラーさんは、ニヤリと笑った。

「へえ。じゃあ教えてやるよ。」
「はい・・・?」
「おい、ラギー。連絡先繋いどけ。」
「シシシ、なまえくんのプライベートは高くつくっスよ?」
「うるせぇ、いいからやっとけ。」

わたしの理解が追いつかぬまま、2人は空いた扉から先にエレベーターを降りていく。キングスカラーさんは執務室へ颯爽と歩いていってしまうし、エレベーターホールに取り残されたのは、わたしとラギーくんだけ。

「ってわけで。なまえくんの連絡先、レオナさんに売っとくんで。」
「いやいや、売るな売るな。」
「えー?アンタは、レオナさんから社長に呼び出された連絡が貰えてハッピー。オレはアンタの連絡先を売ってハッピー。ウィン・ウィンの関係じゃないっスか!」
「いやそうだけど、売るような情報じゃないってことよ!」
「購入者本人の許可は取ってるんで、OKってことで。」
「じゃあ折半お願いします。」
「ハア?そこで普通、折半要求します??!」
「売るならね?!!」
「つーか、そんなことより早く弁当持っていったらどーっスか?」
「あ!やば!!」

くだらない言い合いをしている時間はなかったんだった。もう、ラギーくんめ。人の個人情報を売るなんてどこのタチの悪いヤクザよ!
あとで、ちゃんと話をつけないと、そう思ったものの、この日の午後、わたしにそんな時間は全く無かったのであった。




Wednesday afternoon







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