グリーンのアイコンが特徴的な連絡ツールに、社長から連絡が入ったのは、お昼の休憩が終わってすぐだった。


クロウリー:
今日ってどんな予定でしたっけ?


この聞き方は嫌なパターン。さすがにもうわかる、たぶんだけど、これ、突然、おやすみしまーす、ってやつだわ。
一瞬返すのを躊躇いながら、今日の予定を再度確認する。
社外の打ち合わせは1件もないことはわかっているので、調整できないことはない。いちばん直近のご予定は、15:00からアジームさんとのお打ち合わせだった。


みょうじ:
お疲れ様です。
本日、直近のご予定は、15:00よりアジームさんとのMTGになります。
それ以降は全て社内のご予定です。
会食のご予定もございません。

クロウリー:
分かりました、今日はおやすみしますね!

みょうじ:
承知いたしました。


相変わらず急に・・ほんと自由な人なんだから・・・!そう心の中で軽く悪態をつきながら、急ぎで今日のスケジュールを調整していく。まずは各所に、謝罪の連絡が始まるのだった。
もちろん、こんなのはよくない。人の時間を突然左右させるだなんて、社員のみなさんも困るに決まってる。社長の突拍子もないことに慣れているとはいえ、失礼には変わりがない。なので、丁寧に謝罪をして、相手に気持ちよくリスケをしてもらわなくてはならなかった。
中でも、個人的に嫌だなと思うのが、お忙しい役員の方のスケジュールをおさえていたのに、突然ドタキャンをすること。これは、もうね、いたたまれない。
アジームさんとバイパーさんのお席までわざわざ謝罪にいくこちらの身にもなって欲しいくらいだ。アジームさんは、絶対に、いいぜ!と言うに決まってるけれど。むしろ、バイパーさんが極めて多忙な人だから、申し訳ない。
少し憂鬱な気持ちになりながら、アジームさんのお席へと急ぎ足で向かう。バイパーさんには、先にチャットを飛ばしているものの、恐らく他の仕事をしている最中のようで、まだお返事はない。
アジーム管轄へ到着すると、お打ち合わせ予定だった当の本人であるアジームさんはお席にはおらず、バイパーさんもデスクに資料を広げて、集中している様子だった。話しかけるのは躊躇われるが、ここで時間を無駄にすることのほうが、彼に失礼だ。

「あの、バイパーさん。」
「・・ん、なんだ?」
「すみません、さっきチャットでもご連絡させていただいたのですが、社長が本日お休みになりまして、アジームさんとのお打ち合わせをリスケさせていだきたく、」
「はあ・・またか。」
「また、です。申し訳ありません。」

バイパーさんは、資料に目を通しながらこちらに答える。資料から視線はそらされず、わたしには声だけの応答だった。
いつ見ても彼は忙しそうであり、デスク周辺に来るとその様子が更に顕著だ。アジームさんがグローバル部門の管轄であることも相まって、連絡は昼夜問わず。もしかしたら業務量は、社内でダントツかもしれない。

「まあ、君のせいじゃないさ。
ただ、15:00から、俺が打ち合わせで外すことになっているんだ。代わりにアジームさんを見ておいてはくれないか?」
「はい、承知致しました。」

ようやくこちらに視線をやった彼は、わたしに代わりのお願いをして、デスクの上を片付けていく。直接君の席に向かわせるよ、よろしく頼む。と言う彼は、まるでアジームさんを、ベビーシッターへと預けるような物言いだった。
まあ、確かに。細かい業務をするのは、彼のお役目らしいし、アジームさんは案外、自由な人だ。こうやって、社長のドタキャンでアジームさんのスケジュールが空いてしまった上に、バイパーさんが席を外さなければならない時には、わたしの空いた隣の席に座って頂いて会話をすることがある。
とはいえ、アジームさんの場合、突然訪問してくる比率の方が圧倒的に高いけれど。

15:00手前、会議室へと向かうバイパーさんに連れられて、アジームさんがやって来た。すまないが頼む、と急ぎ足で扉から出ていったバイパーさんを2人で見送り、アジームさんを空いた席に誘導する。

「すみません、突然リスケになってしまって。」
「気にするなよ〜、社長はよくあることだからな!」

よくあっては困ります。そう返すわたしに、アジームさんは、それもそうか!と笑った。なんていうか、アジームさんは寛容な人だ。人は誰しも、寛容であるように努めようとしているだろうけれど、彼の場合は、努めているわけではなくコレ。ある意味、他人への期待を辞めていないと出来ないんじゃないかとすら思う。まあ、これは少なくともわたしの意見ね。
甘いだとか、何も考えていないだとか、そういう言い方をする人も見たことはあるが、彼が取締役のポジションをしているのは事実だし、実力が伴わないとは思ったことはない。確かに、秘書のバイパーさんはとても優秀でアジームさんよりも仕事をしているけれど。それだけで人のことをはかるというのは、浅はか。
上に立つ人間の仕事は責任を取ること、部下にはチャンスを与え、何か起きた時に自分が出る。昔からそう教えられてきたわたしは、少なくとも、彼の人柄についてきている部下が、アジームさんの周りには多いことを知っていた。

「あっ、俺のことは気にするなよ!」
「大丈夫ですよ、今日は社長がいませんから。」
「そっか、そりゃよかった!」

隣の席に座って、彼はまたニコニコ笑う。こうも朗らかにしている役員は、この会社だと、確かに珍しい。だからこそ、彼は必要とされることもあり、逆に、無駄なことを言われたりもするのかもしれない、なんて。これも勝手な想像かもね。

「そういえば、わたしアジームさんに謝らなきゃいけないことがあって。」
「ん、どうした?」

流石に理由までは伝えられないけれど、アジームさんには謝罪しておかなければ。正直、アジームさんが許してくれるのは分かってる。だからこそ、伝えることは誠意だとも思った。

「この間、頂いたチョコ、3つだけ食べたあと、ダメにしちゃったんです。折角頂いたものなのに、ごめんなさい。」
「なんだ、そんなことか!気にするな、またやるよ!」
「ありがとうございます、お気持ちだけで嬉しいですから!」

もう一度欲しいから、ではなくて、彼の気持ちに対しての謝罪は必要。人に贈り物をするのが当たり前だと言うけれど、これが関係値のない人ならまだしも、相手は同じ会社の役員だ。その上、アジームさんの人柄を考えれば、無碍なことは出来なかった。
そんなわたしの、結構ですよ!というのが、毎度伝わっていないのも、彼らしいのかもしれない。だからこそ、あの贈り物なのだろう。これからもそれは、変わらなさそうな気がする。まじで恋人が出来なくなったらどうしてくれよう・・・なんて、無駄な杞憂であることを願いたい。



Thursday afternoon







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