10:00の始業から3時間。13:00からのランチタイムは、それぞれ自由に過ごす時間だった。
外に出かける人もいれば、デスクで過ごす人もいるし、ソファの用意されたリラクゼーションルームで過ごす人もいる。1人でも、複数でも、それは、その時の気分。

今日のランチはどうしようかな、と思ったわたしの元に、ランチのお誘いが届いたのは12:00より少し前。まだ今日は社長が見えておらず、室長の案件も無事終わり、少しばかり時間を持て余しているときだった。
主に、社員間のコミュニケーションは、社内で使用しているビジネスチャットツールで行われる。それぞれ、プロジェクト事にグループが組まれており、仕事の案件であれば、ほとんどそこに連絡が届く仕組み。
自分宛のダイレクトメッセージが届くのは、機密案件であったり、プライベートな内容。今日のDMは、後者で、差出人は、同じく秘書をしているジャミル・バイパーだった。取締役カリム・アルアジームの秘書をしている彼とは、プライベートで親交が深い訳では無く。


ジャミル・バイパー:
お疲れ様。今日の昼休憩は空いているか?
アジームさんが、君も昼食にどうかと言っているんだ。
もし、予定が無ければ。

なまえ・みょうじ:
お疲れ様です。
お誘いありがとうございます。
特に予定はございません。ご一緒させていただきます。

ジャミル・バイパー:
ありがとう。
場所が取れ次第、連絡する。よろしく頼む。

なまえ・みょうじ:
承知致しました。
お待ち致しております。


こうやって堅苦しい文章を送るほどには、彼との距離感がある。
ただ、1、2週間に1度お誘いされるアジームさんとのランチは、必ず秘書であるバイパーさんが経由されるのだった。アジームさんが、うまく社内ツールを使いこなせていないわけではなく、これはある意味、パブリックという線引きなのだろう。わたし自身、アジームさんにお誘いをされることは多いものの、彼の連絡先すら知らないのだから。
社長管轄で同じく社長室という括りの女性社員達には、アジームさんからアプローチを受けていると言われるのだけれど、それだったら、直接の連絡先を知っていたっておかしくはない。わたし達と文化の違う国に生まれた彼等は、少し不思議だった。


「お、なまえ!よく来たな!」
「お待たせしました、アジームさんお誘いありがとうございます。」
「ん?むしろ来てくれたのが嬉しいぞ、俺は。」

バイパーさんに伝えられたお店に到着したのは、13:05頃。タクシーで来て欲しいと、13:00にオフィスを出たわたしよりも先に到着している彼等は、きっとそれよりも早く出ていたのだろう。ニコニコ、人のいい笑顔のアジームさんに出迎えられ、スタッフさんに引かれた椅子へ腰を下ろした。
彼が選ぶには珍しくフレンチテイストのお店。個室も美しい装飾がされていて、行儀が悪いと思われるだろうけれど、思わず視線をキョロキョロと動かしてしまう。素敵なお店ですね、と呟いたわたしに、また彼は眩しくらいの笑顔を向けた。

「だろ?この間、会食で来た時に、なまえが好きそうだなって思ったんだ。」
「ひえー、絶対お高いじゃないですか、それ!」
「気にするな。カリムが、自分が払うから問題ない、ときかずに選んだんだ。」
「なんだか、申し訳ないですね・・・。」

これが、プライベートでお付き合いしている男性なら気にしないで受け取れるのかもしれないが、仮にも目の前の男性は、自分の会社のお偉いさんだ。年齢は自分と大して変わりばえしなくても、わたしが社長秘書だというポジションだとしても、受け取ることに萎縮してしまうのは当然だった。
彼が、パブリックにこうしてくれることを踏まえると、尚更そう感じざるを得ない。苦笑いを返したわたしに、アジームさんの表情が少し曇る。ごめんな、喜んでくれると思って。とそんなことを言われ、冷たい言葉を返せる人間がどこにいるだろうか。

「いや、本当に嬉しいですよ!すごく素敵なお店だし、アジームさんにお誘いして貰えるのもとても嬉しいし、いつもありがとうございます。わたしが勝手に萎縮しちゃって、ですね、むしろごめんなさい。」
「本当か?よかった、お前を嫌な気持ちにさせてなくって。」

心底安堵した表情を見せるアジームさんの隣で、呆れた顔をするバイパーさんの視線が痛い。嫌なら嫌と断れよ、と以前彼には釘をさされたのだが、嫌な訳では無い。むしろ、わたしだって女性だ、こうやってされて嬉しい気持ちがないわけ無いじゃない?
ただ、バイパーさんがいるパブリックな場を彼が選ぶあたり、それはプライベートとは違った感情なのだと、さすがに分かって接しているだけで。これをプライベートでやられたら、ちょっとどうにかなりそうな気もする。

「じゃあ、今度は会食のない日にな。」
「お忙しいと思いますから、ご無理はなさらず・・・!」
「大丈夫だ!な、ジャミル!」
「はあ、俺は知らないからな。」

彼のその言葉は、どちらに向けられているのか。解読するのは、難しかった。




Monday lunch







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