火曜日のランチタイムは、社長と取締役が、社長室の中でランチをする日だった。
社長が、部屋の外で社員からの確認を受けているのを見計らって、社長室の中に入る。毎週通り、お弁当のゴミを片付けながら、シェーンハイトさんが座っていた席にライスが残されていたのを見つけて、血の気が引いた。
シェーンハイトさんの分は、ライスをサラダにしてあったはずだ。ご丁寧に、業者さんがサラダと貼り紙を貼ったものをテーブルにセッティングもした。
「うそ・・・。」
なんていう事故だろうか。これは、まずい。まずすぎる。
役員の中で、1番、食事に気を遣われているのは、シェーンハイトさんだった。スーパーモデルのヴィル・シェーンハイトとして、インフルエンサーとしても名高い彼。多忙の合間をぬって、わざわざこの会社の仕事も兼任している。
そんな彼には、一食の妥協も許されない。自らが、自社ブランドのモデル、広告塔として活動もしているのだ。会食だって彼の場合は、ほとんど秘書のルーク・ハントがチョイスしていると聞くし、毎日のランチの買い付けも厳しいと聞く。それくらい、妥協をしない彼。
ランチミーティングのライスやパンは必ずサラダに。彼から伝えられたこのオーダーを破ってしまうだなんて、あるまじきミス。いや、正確にはわたしじゃないけど、わたしの確認不足が招いたミスだ。
ああ、これは、流石に酷いミス。いま、社長室の外に出るのが、恐ろしい。タイミングを見計らうのが上手なハントさんのことだ。ゴミを捨てにいったところで、声をかけてくるに違いない。そんな悪い予想は、的中して欲しくなかったけれど。
「Bonjour, madame.」
リラクゼーションルームにあるお弁当専用のゴミ箱にゴミを捨てたタイミングで、独特な声のかけ方をしてきたのは、予想通り、ハントさんだった。思わず、ピンと背中が張ってしまうわたしに、彼は、クスクスと笑う。
「お疲れ様です、ハントさん。」
「その様子だと気付いているかな。」
「そう、ですね。」
「Roi du poisonが、キミをご所望だ。」
「そんないい意味ではないでしょう・・・。」
「ふふ、そうかな?」
「はあ、そうですよ・・・。」
ハントさんの言い回しだと、何でも美しく聞こえるが、わざわざ時間の貴重なシェーンハイトさんにお呼び出しをされるのだ。可愛らしい要件なはずが無い。あの美しい顔立ちから、どんな辛辣な言葉が出てくるのか想像するだけで、苦しくもなる。
デスクに到着するまでの道のりが、とっても長く感じた。誰が好き好んで、ルンルンで向かえるだろうか。叱られるが分かっていて、萎縮しない人間はいない。ベクトルは違うけれど、厳しさで言うと、ローズハートさんとシェーンハイトさんは、似たようなものだ。
デスクでパソコンに向き合っていたシェーンハイトさんは、わたしの姿を見て、わざわざ立ち上がる。元々身長が高いのに、ヒールを履いている彼に見下ろされると、少し威圧感を感じた。
「みょうじ、どういうこと。」
「は、はい。」
「片付けているなら気付いているわね。」
「申し訳ありませんでした。」
なんのことか、そんなの分かっているはずだという前提の元、彼は話を進める。いたたまれずに、思わず腰を90度くらいまげて謝罪をしてしまったわたしに、頭上で、アタシが謝罪を要求していると思って?との声が聞こえてきた。もう一度、同じ言葉を告げて、彼に向き直る。
美しい顔は、当然のようににこやかなはずがなく、乱すわけではないが、静かな怒りが伝わってきた。もしかしたら、ローズハートさんのように怒鳴って貰えた方が、いっそ楽なのかもしれない。彼の場合は、冷静に人を責め立てる。
「どうしてこうなったのかを知りたいの。」
「申し訳ありません、まだ業者側と本件について話が出来ておらず、」
「そんなことはどうだっていいわ。アンタのミスだってことに、変わりはない。違う?」
「・・・違いません。」
「それとも、業者側の責任にしたかったわけ?」
「そういうわけでは!」
「じゃあ、どうして業者との話が必要なのかしら。」
「申し訳ありません。自分のミスだという認識が足りていませんでした。」
「そうね。」
「次回以降、キチンとこちらで確認しまして、お出し致します。今回は、本当に申し訳ありませんでした。」
心臓に悪い。再度深々とお辞儀したわたしに、目の前の彼は、下がっていいわ。と椅子に腰を下ろした。もう一度、ぺこりと頭を下げて、隣にいたハントさんにも、同じように頭を下げ、シェーンハイト管轄の席を離れる。
新卒のエペル・フェルミエが、こちらをじっと見つめていたのは、きっとわたしを心配してなのだろう。小さく手を振れば、怪訝そうな顔が返ってきた。
まあ、仕事をしていれば、こういうこともある。正直、シェーンハイトさんの責め方は、結構辛辣だけれど、事実を付いていた。これが、逆に社内で起きた事故でよかったとすら思う。お客様だったら、地獄以外のなにものでもないわ。
でも、流石のわたしも、ちょっとだけ堪えた。自分が悪いとはいえ、少し気を落としてしまう。人には大丈夫だって振る舞うから、たまにはトイレで一息つくことも許して欲しい。
どれだけ会社が気に入っていたって、どれだけ人がよくたって、トラブルがゼロなわけはないの。でも、それを含めて、きっとこの会社を気に入ってる。ただ、それだけ。
Tuesday afternoon
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