「なまえさん、今日の酷かったですよね?!」
社長も帰り一息をついたところで、わたしのデスクへやってきたのは、フェルミエくんだった。シェーンハイト管轄に配属されている新卒の彼は、いつもよく、シェーンハイトさんに扱かれている。それもあるのだろう、大層わたしを心配してくれたのは。
「そんなことないよ?」
「酷かったですよ!」
そう彼は眉をひそめる。まあ、確かに。それは、否めないんだけれど。
でも、シェーンハイトさんの事を何も知らないわたしすら、彼が、大層努力家であり、それを当たり前の基準において、そして、その自分と同じレベルの仕事のクオリティを周りに求めることは、何となく分かっている。傍から見れば、随分酷い責め方をされていただろうが、ある意味、あれは、彼と同じレベルを求められているという事だと、頭の悪いわたしでも感じた。もちろん、言われている時にはそんなこと流石に思えないけれど、時間が経てば冷静にもなる。
わざわざあんな事を呼び出して言わなくてもいいし、憂さ晴らしであれば性格が悪い。そんな感想はいくらでも、出てくるだろう。でも、そうじゃないのは、彼の伝え方で、なんとなく伝わってはいた。これは、わたしが歳を重ねているからわかることなのだろう。まだ若いフェルミエくんには、そう受け取るのが難しいに決まっている。シェーンハイトさんに近い彼には、もっとシェーンハイトさんの本心を分かって貰えたらいいのだけど。
「シェーンハイトさんは、厳しいけれど、本当に努力家な方だし、それを当たり前の基準にしてるのよ。」
「分かってますけど、言い方があると思いませんか?」
「うーん、そうねぇ。でも、言って貰えるってことは期待されてるってことじゃない?」
「僕には、嫌がらせにしか見えません・・・。」
「まあまあ、そう言わずに。」
わたしが慰められにきただろうに、いつの間にか立場は逆転していた。まあ、フェルミエくんも鬱憤が溜まってるんだろう。新卒教育ってのは、骨が折れる仕事ね。なんて他人事だけど、このままいくと他人事じゃない気もする。
「なまえさん、今日お暇じゃないですか?」
「暇、といえば暇かなあ。」
「予定とかあります?」
「あ、予定はないわよ。」
「同期で飲みに行くんで、良かったらきてくれませんか?僕、もっとお話したいです。」
予想は的中したけれど、こんな可愛らしい新卒を放っておくほど、わたしも非情な人間じゃない。まあ、たまには、こういうのもいいわよね?
「あ、なまえさんじゃん。」
「お疲れ〜、トラッポラくん。」
「遅いと思ったら、なまえさん口説いてたのかよ、エペル。」
到着したのは、個室になった居酒屋だった。軽口を叩いてきたローズハート管轄のトラッポラくんをやんわりかわしたフェルミエくんのお隣に座る。お疲れ様です、と声をかけてくれた全員が、同じフロアのメンバーであり、顔見知りだった。そうか、新卒メンバーってここが仲良しなのか。
席に座っていたのは、社長管轄のユウちゃん、ローズハート管轄の、トラッポラくんに、スペードくん。キングスカラー管轄は、ハウルくんで、一緒に来た、シェーンハイト管轄のフェルミエくんに、最奥にいるのはドラコニア管轄のジグボルトくん。
「なまえさん、何飲みます?」
「んー、烏龍茶お願いします。」
「了解っす!ウーロンハイですよね?」
「え?ん?茶ですね??」
スペードくんが、意気揚々と間違ったオーダーを口にするものだから、思わずツッコミを入れるかのように答えてしまった。それを見て、目の前のトラッポラくんがニヤリと笑みを浮かべる。
「いや、ぜってー今のわざとだろ、デュース。」
「え、いや、俺の聞き間違えかと思って・・。」
「らしーっすよ?なまえさん。」
「いや、とは言われても最初からアルコールとかお姉さん飛ばせないってば。」
「んなわけ。ぜってー強いじゃん。」
「見た目の印象引きずってるね、君達??」
「なまえさん、すんません!ジョーダンだと思って、頼んじまいました!」
テーブルに頭をぶちつける勢いで謝られても、結局手元に来るのはウーロンハイなわけだ。いや、別に飲めないわけじゃない、火曜日ということもあるし、強くはないから、というだけで。大丈夫です、なんて答えるわたしの方がまるで年下にも見える。見た目の話じゃない、空気感の話よ。
「んじゃ、乾杯の音頭お願いします!」
「え、わたし?」
「やっぱりここは、年の功ってことで。」
「え、じゃあ、かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
「お邪魔します〜!」
乾杯の音頭は、なぜか、突然乱入したわたしが取らされた。年の功とか言って、適当な選び方をしたのは、当然トラッポラくん。今日が火曜日という頭は彼等の中にはないのだろう、まるで飲み方が学生みたいにも見える。
ハイスピードでお酒を煽るせいもあって、飲み会は、秩序の欠けらも無い状態になっていった。わたしは、といえば、まるでカウンセラーにでもなった気持ちだ。いつもと全く別人のようなフェルミエくんとスペードくんや、泣きながら話してくるジグボルトくんをあやし、テンションが普段よりも数倍増しのトラッポラくんにノリを合わせ、女の子1人のユウちゃんを気遣って。あの、こんな飲み会久しぶりですよ、お姉さんは。みんな、溜まってるな。
どれだけ飲んでもシラフみたいなハウルくんのおかげで、なんとか終電前に解散のくだりにはなったけれど、街に消えていったローズハート管轄の2人は放っておくことにした。もう仕方ない、あれはムリ。明日の朝、ちゃんと、出勤してくれることを願うしか、わたしにはなかった。
Tuesday evening
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