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「はじめまして!4月から近畿厚生局麻薬取締部に配属された苗字名前いいます!どうぞよろしゅう!」
ファットの名前に対する第一印象は、無駄に元気だな、というものだった。名前とファットが出会ったのは、ファットがまだ警察と組んで違法薬物の取締を行なっていた頃だ。
「ファットガムや!よろしくな。」
そう言って握手した名前の手は、小さい割りにがっしりとファットの手を握り返してきたのをよく覚えている。
名前が所属しているのは、麻薬取締部。通称マトリである。警察とは違い、囮捜査や捜査において麻薬の所持及び譲渡が許可されている。つまり、マトリは麻薬を自ら買い付けた上で売人を逮捕できるのである。また、帯銃も許可されている。麻薬捜査において警察よりもより犯罪組織の深部に入り込むことができるのである。
「今回の調査の主眼は、違法薬物の販売を行っている疑いのある組織の調査及びその摘発です。」
名前はファットガム事務所を訪れ、捜査の概要を説明していた。警察はヒーローのように対人で"個性"を使用することが出来ない為、潜入捜査の場合にヒーローに協力を要請する場合は少なくない。今回もファットガムに捜査を要請しており、忙しいヒーローのために事務所をわざわざ訪れて作戦のすり合わせをしていた。名前はノートパソコンの画面に映し出されたドラッグの錠剤の画像をファットに見せながら説明を始めた。
「出回っているドラッグは、通称"バニラ"。使用者の呼気が甘いバニラの匂いがすることから、こう呼ばれています。最近よく流通している、"個性"を強化(ブースト)させる"トリガー"と類似していますが、その作用に加えて興奮作用が強化されています。」
「興奮作用?気分がハイになって暴れ出すタイプのは既に報告されてるやろ?それと何がちゃうんや。」
「そういうタイプのハイではなくて、ーー性的興奮というやつですね。」
付け足した名前の言葉にファットは眉間を寄せた。"個性"をパワーアップするタイプのドラッグは良く見かけるが、この手のタイプの捜査は初めてだった。
「まあ、催淫効果というやつで。」
「うげぇ・・・ンなもんもっと危ないやんけ」
ファットは思わず舌を出して嫌悪感を露わにした。そんなファットに「全くです」と名前は同意し、話を続ける。
「初めは気分がフワフワして、開放感があるみたいですが、量を増やしていくと中毒性を増して見境なく性的興奮を覚え、最後には廃人になるみたいです。」
「完璧にヤバいブツやなぁ。」
名前はファットの相槌に頷きながら、「更にヤバいのが」と続けた。
「流行っているのは主に若年層でして、高校生や大学生などが中心ですね。従来型の注射器タイプではなく、経口摂取する錠剤型という手軽さも、若年層への広がりに拍車をかけている原因かと。」
「まぁ、何発も打ったら注射痕目立つし、周りの目もあるからなぁ」
「抑圧された"個性"を開放させる分かりやすい発散ではなく、こういう形での発散は、あらゆる分野において多感な十代ならではかもしれません。」
名前は苦々しい顔をしながら言葉を一度切った。若いうちにクスリに手を出すと、のめり込み易く更生しづらい傾向がある。被害者をこれ以上増やさない為にも、何としても今回の捜査で一掃したい所だった。
「流通ルートは、主に繁華街のクラブですね。使用者の入手経路を辿ると芋づる式にあるクラブが露呈しました。」
名前は再度パソコンを操作し、そのクラブの外観を写した写真をファットに見せながら説明を続ける。
「当局が怪しいと睨んでるのは、そのクラブを経営する会社の社長の、息子ですね。」
「息子?」
「はい。そのクラブのVIPルームに入り浸ってるそうでして。頻繁にパーティーと称される、乱行パーティーも行っているようで。」
「・・・らん・・・!!?」
いきなり飛び出した放送禁止ワードに、発言した名前よりも、ファットの方が大変驚いてしまった。およそ年頃の女性から発せられるものではないワードだった。だが発言した当の本人は不思議そうな顔をして、動揺するファットを不思議そうに見つめた。
「??ファット、どうしました?」
「・・・ジェネレーションギャップかいな・・・若い娘がそんな言葉使っちゃいけません!」
「ファットとあんまり歳変わらないじゃないですか。」
名前は眉を八の字にして苦笑いした。名前とは何度か一緒に仕事をしているが、今回はいつもより雰囲気が固かった。普段はヘラヘラしているのに、事務所に入った時からずっと緊張した面持ちだった名前が表情を緩めた事に、ファットは少しホッとした。
「話を続けますね。自宅の方は警備が厳重すぎるので、クラブの方を狙います。ファットは突入のサポートをよろしゅうお願いします。潜入は私がしますんで。」
「おま、大丈夫かいな・・・」
名前はまだ新人だ。いくら犯行の裏付けがある程度取れているとはいえ、たった一人で潜入とはいささか無謀に思えた。心配するファットに、名前は一瞬キョトンとしてから、にかっと人好きのする笑顔を浮かべた。
「マトリで一番若いの私ですし、私こう見えて逃げ足速いんですよ!それにもう何度か潜入してるんで!」
そう自信満々に胸を張る名前に、ファットは「ならいいんやけど・・・」と言いながらも、不安は拭えなかった。
『こちら苗字。今クラブに潜入しました。ロッカールームにいます。メインフロアに移動するので、雑音入ると思いますが、またすぐに連絡しますね。』
「了解やで」
ガサ入れ当日。インカムから聞こえる名前の声に耳を傾けながら、ファット含めたヒーローと警察はクラブ近くの道路に路駐した車の中で待機していた。マトリの捜査員は一般人に紛れてクラブ周辺を固めている。
名前は一人でクラブに潜入し、怪しまれないようドリンクを頼んでキョロキョロとフロアを見渡していた。フロアは爆音が響き、異様な熱気に包まれていた。そして、ドラッグの特徴である、バニラの香りもほんのり漂っていた。その匂いに顔をしかめながら、目当てのVIPルームへと繋がる階段の近くに歩みを進めた。当然のようにセキュリティがおり、立ち入りを拒まれてしまった。ここで警察手帳を見せてガサ入れする予定だった。
「お客様。こちらはVIPルームでして、オーナーの許可がない事には・・・」
「通して良いよ、キレーなオネーサン」
爆音のせいで後ろに近付く足音に気づくのが遅れた。ハッとして後ろを振り返ると、今回のターゲットである男と、その脇を固めるボディガードらしき屈強な男が名前の背後に立っていた。完全に油断した。
「オネーサンも中で飲もーよ。いーモンあるよぉ〜」
男に肩を抱かれ、声を出すことが出来ない。おそらくこの男の"個性"だろう。腕を振って暴れるが、ボディガードの男に腕を掴まれて強引にVIPルームへと連れ込まれてしまった。インカムも抜き取られ、ボディガードの男に握り潰された。ヤバい、と背中を冷や汗が伝う。相打ち覚悟でがむしゃらに暴れようとしたところ、いきなり男に顔を覗き込まれる。
「オネーサン、『コレ』を調査しに来たんでしょ?」
「・・・!?」
そう言って男が口を開けて舌を出す。男の舌に乗っていたのは、名前達が追っているドラッグーー"バニラ"だった。男の呼気から香る、むせ返るようなバニラの濃い匂いに吐き気を覚えた。
「あかん。通信途切れてしもた!苗字になんかあったな・・・突入すんで!」
名前が捕まったのとほぼ同時刻。車の中で待機していたファットガムは通信が途切れた名前のインカムに、舌打ちをした。何人かのヒーローと警察に指示し、一気に車から出てクラブの入口を固める。屈強なセキュリティの男2人がすぐに反応してファット達を威嚇した。
「なんだテメェら!!」
「ケーサツや!大人しくしとってな!」
"個性"を発動させて殴り掛かってくる男達をファットの脂肪で吸着させ、すぐさま反撃して意識を失わせる。早業だった。
「ファット!おおきに!」
「苗字が心配や!先に行くで!」
倒れた男達の回収は警察に任せ、クラブの内部にドカドカと入り込む。メインフロア部分の制圧は他のヒーローに任せ、VIPルームに続く階段を駆け上がった。フロア部分でも少し感じたバニラの匂いが、ここに来てぐっと濃くなった。ファットは自分の嫌な予感が当たった事にイライラしながら、走ってきた勢いそのままに目の前のゴテゴテとした趣味の悪い扉を蹴破った。
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