short short story

青い手紙

 子供の頃、不思議な噂が流行った事がある。
「ペットと文通できるレターセットがあるらしい」
とても信じられる話ではないけれど、本当にあるのならぜひ僕の相棒と言葉を交わしてみたいものだ。
 僕はクラブの帰りに、近所の本屋で売っている白いレターセットを買った。どこにでも売っている普通のやつだ。その日から相棒の寝床に手紙を置いてから眠りにつくことが日課になった。内容はその日の出来事や、僕のいない間にどんな風に過ごしていたのかだとか、そんな他愛のないものばかり。気が付けば僕からの手紙は、そろそろ大きな段ボールいっぱいになりそうだった。もちろん相棒からの返事はゼロ。最初の頃は子供ながらに期待していた分寂しさもあった気がするけど、今では僕のルーティンになっているので、一日一通書かなければどうにも落ち着かない。
 いつもの本屋は今日に限ってレターセットが売り切れていた。けれど、どうにか手に入れなければ今日以降の手紙が書けない。あぁ、そういえばテーピングも残りわずかだった。ここからならドラッグストアよりもスポーツショップのほうが近い。目的のものを手に取り、レジへ向かう。すると、なぜかスポーツショップのレジ横に、青いレターセットが一組だけ売っていた。
「あの、これも一緒にお願いします」
 翌日、というよりもその日の夜中、僕は家族とともに動物病院にいた。相棒の具合が急変したのだ。医者が言うには老衰によるものだそうだ。帰宅したのは夜中と早朝の間。できればこのまま相棒のそばにいたいが、今日も部活の朝練があるのはわかっている。僕の腕の中で眠る相棒を寝床へそっと降ろして、昨夜眠る前に置いた青い手紙を回収する。手紙を書き始めた頃は、毎朝回収するたびに中を確認なんかしていたが、相棒への手紙がルーティンになった頃にはそんな事もしなくなっていた。そして初めて青いレターセットで書いた手紙を最後に、相棒に宛てて書く事はなくなった。
 手紙を書いていた年月と、書かなくなった年月が同じくらいになった日、不意に手紙を読み返してみたくなった。しまい込んでいた段ボールを開けるとそこには、あれだけの大量の白い手紙はどこにもなく、最後に書いた一通の青い手紙だけだった。青い手紙をそっと開く。便箋は一通に一枚までと自分で決めていたはずの封筒から、二枚の便箋が出てくる。二枚目の便箋にはたった一言、
“インターハイ ゆうしょう おめでとう”
その下には懐かしい足跡が捺されている。
 奇しくも今日は、僕の人生最後のインターハイの決勝戦で勝利を収めた、そんな日の夜の出来事だった。

2020.08.14
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