パルデアの夏ってこんな感じなんだ。そう思ったのは、私の居た地方では四季は存在しているものの、年がら年中雨が降っており、じめじめとした湿度が汗と共に纏わりついて、こんなにもカラリと割り切ったような天候にはならないからだった。誰も彼もが浮かれていて、この群衆の中にこんな女が居ること自体場違いで、そう思うと誰にも否定されてはいないのに心底居心地が悪い——似つかわしくない。私は私が一番嫌いだから、変化を求めてこの地に来ることを決めたのに、根本的な性格は変わらないためか、すぐに堕落的な感情に陥って足元をすくわれてしまう。今、この瞬間だって、そうだった。「この祭礼は初めてだと聞きまして、小生に案内させてもらえないでしょうか」ハッサクさんは、私がこの地に赴任してから初めてお友達になってくれた人だ。「お友達」と言っても、そんな稚拙な関係ではなく、彼がそう言ったから私もその言葉を使っているだけで、本当は「知人」に近い。でも、何故だか、その言葉は私を光の下へ導いてくれて、捉えて離れない陽射しの如く私を照らした。しかし、それを見上げ続ける私が、いつの日か、その言葉に呪われているのだと気が付く。「楽しみです」そう言ったけど、本当は行きたくなかった。暑いのも、楽しそうなのも、彼が構ってくれるのも、「お友達」だから好きではない。金色に輝く髪と、健康的な肌色が、色とりどりの紙吹雪の中で目印のようだった。そんな目で見るな、私のことを知らないくせに、と思う。人混みに埋もれる私が問題無く着いてきていることを確認した彼は、再び前を向いた。「憧れ続けたら、いつかは自分もその隣に立てると思ってたけど」「そうじゃ、無かったんだなあ」卑屈なもので、彼に見合う人間では無いと思った私は、そんなことも理解してくれない彼のせいにして、「お友達」という言葉にセーブされていることに安心している。これは、自分のせいだった。「私はなんて性格の悪い女なんだ」じめじめとした陰鬱な世界に居た女に、彼は眩しすぎていけない。そう、気が付いた時にはもう、彼と逆方向を歩んでいた。(どうか、このまま——)知らないフリをして過ごして欲しい。彼が本当の私に幻滅する前に、その世界に綺麗なままの私を住まわせて欲しい。やがて、この地に爆音が鳴り響いて、音楽が人々を掻き起こした。彼が教えてくれた、7月に行われるこの祭礼には「太陽(サン)」という言葉が入っている。私はそのパレードの列からはみ出る様に薄暗い路地裏に逸れた。この闇に安堵する。ハァと息を吐いてから、今度こそ帰路を辿るために足を動かした。「…!」しかし、腕を掴まれたことによってその足が止められてしまう。「い、居ましたですよ! すみません、小生、先を行ってしまいまして」息を切らしている姿を見て、突如消失した私を彼が必死に探していたことが窺えた。「違います、私、人混みが苦手なんです」だから、貴方から離れたのだと。それで良しとして、今日は解放してほしかった。「小生も、実は人混みは得意では無いのです」しかし、彼は負けることなく言葉を紡ぐ。「ボウルタウンのカフェテラスに行きませんか?」日陰の下にも関わらず、彼の大きな影に更に黒を濃くしていく私の姿が後退し、太陽に熱された石畳の上に炙り出された。「いえ、今日は、少しこの暑さにやられてしまって、」家に帰りたい。そうはっきりとは言えない私に、彼は知ってか知らずか、耳を疑う様な言葉を放つ。「それでは、小生の家で読書でもしながら美味しいアイスティーを…」その言葉の意味を履き違えてはいけない。彼も私も、同じ地に生まれた人間では無いということは、相容れないということを、忘れてはいけない。「あの、それには、お答えできません、ごめんなさい」性別上発生する思惑に対する回答では無かったが「そ、そういう意味では無いのですっ!」と焦燥を示した彼の姿を見て、やはりこの現実を突き付けられたような暗い気持ちになった。「…知っていますよ」安心させたいがための言葉を放つ。この関係には先が無いことを私がちゃんと知っているということと、今までの失態が彼のせいでは無いということを教えて、安心させてあげたい。それでも、この手首を掴む大きな手のひらが冷めないのを感じ取り私は最後に懇願した。「すみません、本当に今日は、もう「い、いえ、」しかし、彼は私の言葉に否定を重ねる。遠くで聞こえる人々の開放的に満ち溢れた声に押されて、彼は舞い上がっているだけなのだと、そう感じたかった。「自己評価が低い貴女に伝えるには、回りくどいことをしていると百も承知だったのですが、」「こんな場でしか上手く伝えられない小生を、そろそろ理解してくれても良いのでは」いつの間にか、その両手に囚われていて、逃げることができなくなっていた。「小生、どうやら性格が悪いようです。貴女が貴女のことを教えてくれるためには、貴女が得意そうでは無いことをしているのです」人混みも、楽しげな場所も、お友達という関係も。そう言って彼は、瞳の中の螺旋に私を映し出す。まるで、最初からその姿しか見ていなかったかのように、その熱量を込めた視線で私を釘付けにする。「そうしなければ、人間というものはいつまで経っても殻を破れませんですよ」私を変えようとしている。この人間に、私を塗り替えられてしまう。何に震えているのか、自分でも理解しがたいこの手の震えに、彼の脈動が更に乗せられた。おかしい、こういう人間に、私という人間を知らしめるため、わざと離れては気味悪がれることを望んで、傷を付けないように優しくしているつもりだったのに。いつの間にか、私の心の方に、消えることのない傷を付けられている。「そういう、意味なのですよ…」その感情を隠して、私に近付いた理由とは一体なんなのか。彼のような正しい人間に、初めて嘘を吐かれて、その奥深くに隠されているであろう彼の全てを知りたいと思ったとき私は、誰よりもこの夏の暑さや、喜悦に満ちた人の群れに流されても良いと思ってしまう。「ハッサクさん」この日、彼の名前を初めて呼んだ。彼の額に浮かび上がる汗の玉が、揺れ動く瞳に振動して地面に落ちていった。「"今日"は、貴女にアイスティーを振る舞う、それだけです」私は強引に引かれたそのゴツゴツとした男らしい手に、抗うことはなかった。
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