ゆっくりと、砂時計が進むよりも遅い速度で俺の指先に当たると破裂してしまう冷たい水。指先に吸収されていくようにも見えるのに、俺には冷たいそれの理由がわからない。いつも理解できなかった。




 感情を爆発させて喚き散らすこともなく、ひっそりと泣くその姿に割れた仮面は不釣り合いだった。十刃が十刃落ちになるたびに、他人が現世へ降りるたびに、そして誰かが死ぬたびに。そんな誰も気に留めないようなほんの些細なことで泣くのだ。身体に空いた穴を埋めるために泣くのだろうか。

「お前は何のために生きている」

 食事を持ってきた女に問う。白い砂漠と欠けた月が浮かぶこの虚圏で、有り余る時間をかけて破面たる故の穴を埋めようと大小さまざまな目的を誰かしら持っている。孤独感、破壊欲、怒り……大半が自己を満たすため、果たして飢えてを繰り返す。だからこそ戦うでもなく誰かを癒すでもなく、ただ泣くだけの女に聞いてみたくなった。

「…………」
「では、誰のために生きている」

 思考するにしては長い無言を質問に答えられないためと判断し、違う形で改めて問いかけた。いや、これはもはや質問ではなく確認と言えるだろう。我ら破面の存在理由を答えられないはずが無い。

「愛染様の、ために生きてるのではありません」




 遠巻きに嫌厭していたすすり泣く声は目の前にある。なぜ泣いているのか、と聞けばすぐに答えを得られる距離で冷たさを受け止める。次々と生産され指だけでなく掌にまで浸食しても依然、俺には分からない。思考とは違い困った様子もない顔が膜を張った瞳に映る。

 愛染様のために生きていないと聞いたとき、言い直すよう迫った。逃げ出さないように霊圧を少し上げながら詰問すれば、泣きながら許しを乞うだろうと予測していたのに、わずかに目元を濡らし口を引き結ぶだけで言い直すことはなかった。

 あの時も今と変わらない顔をしていたのだろう。違うのは泣き崩れている彼女だけで、俺も含めてあの時から変わらないこの部屋はより「虚無」を感じさせた。

「ウルキオラさ、ま」
「なんだ」

 逃げ出さないように、と。今度はクモが俺の服を掴む。小さく飲み込んだ声が服に皺を刻んでも、その奥まで浸みる事はないのだ。
 ああ、誰のために生きていたのかともう一度 問うてしまおうか。しかし目の下の模様に触れる指が止めた。それこそ砂時計が進むよりもゆっくりと彼女の乾いた指が頬を滑る。道に迷ってしまわないよう何度も、何度も。

「お気をつけて」
「ああ」

 俺の瞳に映る自身が見えただろうか。答えを得る前に、窮屈そうに眉を寄せて笑っていたクモを進みきった砂時計に閉じ込めてしまえば、くぐもった声の判別はつかなくて、ただ冷たい涙が滲む胸元をひっそりと感じた。




 足音以外なにもない暗い黒腔に似た通路の中で掌を見下ろし、クモがしたように目の下の模様をなぞり、疼くように熱い模様の上に冷たいそれを乗せた。暗闇を抜けて光へ出るころには蒸発して乾いてることだろう。




 涙に色がついていたなら、君の涙の訳を知れただろうに



「虚夜宮は君に預けるよ、ウルキオラ」
「はい、愛染様」


2014/02/14

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