名前:フロイド・リーチ
職業:美容師


「フロイド……、あなたまたやらかしましたね?」
「え〜? なんのこと?」

 会って早々喧嘩売ってくんじゃねぇよ〜。とフロイドはがしがしと頭をめんどくさそうにかいた。いつもの待ち合わせ場所として使っているカフェ。自分たちには小さい店の入り口をくぐって入れば、店主が大事に管理している大きな水槽が出迎える。濾過器からこぽりこぽりと流れる水の音と、落ち着いたボサノバ調のBGMが空間を静かに満たしている。注文を取りに来た店員に、ジェイドはいつもの紅茶セットをオーダーする。これ、話長いやつじゃん? あとで俺も注文しよっと。ここはホットケーキが美味しい。オレのおきにいり。

「これですよ、これ」
「いや、ちけぇよ!! オレ、目悪くねえから!」

 ずずい、とジェイドはスマフォをすばやく指で動かして、御用改めである。この印籠を見よ。と言わんばかりに画面を見せてくる。

「ほっとぺっ〇ー、びゅーてぃ? なにこれ?」
「口コミサイトって、やつですよ。ちゃんとあなたのお店情報も掲載されてます」
「は? オレ頼んでねぇし!」
「おやおや」
「うっわぁ、腹立つわぁ、ジェイドの顔」
「盛大なブーメランだとお気づきでしょうか? まったく血気盛んな、兄弟ですねえ」

 ジェイドはフロイドのすごみのある視線を諸ともせず、ここですよ。ほら。とくちこみサイト、とやらを見せてくる。見やすいように角度を調整された無機質なその画面。

『ボリュームを抑えてほしい、とだけお願いしたのに、かなり短くされ、希望をまったく聞き入れてもらえなかった。★2』
『青色にしたいといったのに、紫になった!!!!! ひどい!!!★1』

「なにこれ」
「お伝えしたでしょう? 聞いてなかったんですか。口コミですよ」

 色も入りがよくなかっただけで、また染めればよくない? 髪だって、ちょっとだけ短くなっただけじゃん。髪は伸びまぁ〜す、って丁寧に教えてやらないといけねーの? そもそも、伸びてうざってぇから来たんだよねえ? 画面を滑っていく星と言葉がフロイドをイラつかせた。それをあえて言わずとも、伝わっているはずの片割れは、何も言わずニコニコして黙ったまま画面をタッチしている。ムカつく顔だ。


『期待以上です! 噂は聞いていたけど、本当にすごい!!! とてもきれいにスタイリングしてもらえました。また行きたい。 ★4』
『希望を伝えたら、目をかっぴらいていて圧がすごかった。怖かった。終始無言で、手に持った鋏で、ナニをされるかびくびくしてたけど、鏡越しにどんどんなりたい自分に変わっていく自分の姿に驚いた。いろんな意味でこんな経験は初めてです(笑)ありがとうございました。 ★5』

「いい評価もありますね」
「当然でしょ。オレ、天才だから」
「潔いくらいに、二極化されていますね。総合評価は中の下。これでは儲けが得られませんよ?」
「お金じゃねえもん。おもしれ―からやってるだけ。だからいーの」
「ええ、でしょうね。僕には、髪の手入れに対しての魅力は感じられません」
「ジェイド、前髪切るのもへったくそだったよねぇ? っぷ、あははははっ! 今思い出しても笑える」
「これはこれは、枕元にキノコが生えますよ?」
「ジェイド、まじ、やめて」

 しゃれにならねえよ。やめろ。その反応を見て、悪趣味な兄弟はクスクスと笑った。
 ジェイドを待っている間に頼んだ、フラペチーノの氷部分を掬うために、プラスチックの薄いスプーンをつまみあげる。傷だらけになって、太くなった指。鋏と擦れて、皮の厚くなった手。学生時代は体を動かすことが、とにかく好きだった。今もそれは変わらない。だが、インスピレーションってやつだ。フロイドはたまに、あ、これだ。といった風に、鋏を入れるべき線が見えることがあった。自分の思い通りに作り替えていくこと。それはモストロ・ラウンジで、キッチンを任されていたときと同じ。包丁1つ、鋏1つで、自分の世界を作り出す。完成して納得がいく形にぴたりとはまる。その感覚がたまらなくスキだ。うまくいかないときもあるが、そんなときは体を動かして、次の日にはけろっとする。過去は振り返らない、つまり反省しないのがフロイドだった。


「あ、店員さーん。ホットケーキ一つ! ジェイド、はちみついる? じゃあ、はちみつもつけてくださぁい」

 これはそんな彼の何気ない一日。

フロイドの

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