思わず握った腕が柔らかかった。きっと他の身体の場所もやわからいんだろう。

 規則正しく上下するその身体によこしまな気持ちを向け続けてきたイデアには、存在が毒だった。部屋に引き込んですぐに、薬品を薄めた液に浸した布を使って気を失わせた。しばらくは目が覚めないだろう。ィヒヒヒッ、これで逃げられず、思う存分眺めて楽しめる。そう思うと、イデアは征服感で身体が痺れた。口元が歪んでつりあがった。

 身体のどこもかしこも、むっちりとしていてやわらかそうだ。もう一度、少しくらい、触ってみちゃっていいかな……。イデアはずるずると近づいて指を伸ばす。いいにおい、する。触れたら熱だけで溶けちゃうそうだ。身体は砂糖でできている、ってか? はぁ、かわいい。あ、もっと近づくと、少し汗っぽいにおいも……。
 熱があるみたいに絆されて、まとまらない思考。あべこべになる行動。これで起きて逃げられるとやばい、よね。イデアは触れそうになっていた指を、手のひらに隠した。このまま、触らない方が……――――。
 あ"あ"あ"あ"あ"あ"、こんな思考回路キモオタゴミ屑さをボクはァ晒しましたああああ!!!! すみません、生きててごめんなさいぃっぃいいい!!! うぅ、主語大きくなったけど、オタクは悪くないですよね。拙者オンリーで屑ですね、ハイ。本当にすみません。

 なにやってんだ、ボクァ……。はぁ。イデアは自身のキモさにへこんだ。おかげで多少冷静さを取り戻し、せめて逃がさないように、と部屋にあった予備のLANケーブルで彼女の腕を拘束する。胸の上に、大人しくまとめられた手首。
 ああああああ、絵面に犯罪臭度がプラスされてヤバさが増してしまったじゃないですかあああ!!! 誰かに見られたら一発アウトですぞ、これ。言い逃れ不可避。ちょっと男子ィ!

 思考と行動の乖離が激しいイデア。拘束はしたけど、声あげられたら、困るなあ。漠然と彼女の口元を眺めてどうしようか、とイデアは思案して、無意識に自身の唇にふれた。
 自分とは異なるふっくらとした、小さな唇。その口で、名前を呼ばれたら、どんな心地になるんだろうか。君を中心に散らばって、とけて乱される思考が、嫌じゃない。
 知りたい。イデアは彼女の唇をふにふにと指で押してみた。夏にあたためられた生ぬるい部屋に満ちた空気とは違う。生きた証の呼吸が親指に当たる。それに導かれるように、中に指を入れた。うっわ、やわらかい!! あと、当たり前だけど、あたたかい。ふぁあああ、やわらかいなあ。舌のやわらかさも確かめるように口内をふにふにと、親指でくまなく遊ばせる。移動する度にぐちゅ、ずりゅ、とあふれる水音にイデアは加虐心をくすぐられた。


 もし起きたら、きっと僕のことを軽蔑するんだろうな。どんな声色と言葉で僕を罵るんだろう。怒る? 驚く? それとも怖がるんだろうか……。

『な、なんで、こんな……。ちかっ、近寄らないで!!!』

 君は、かわいい声で牽制するのかな。無駄だってきっとわかってても、絶望から逃れようと声を上げるのかも。


 イデアは小さな口から、親指を抜き出す。口内を堪能した指にはねっとりとした液体が付着している。伸びる透明な線をたどれば、汚された彼女の口。てらてらと光る口周り。彼女自身の涎で光っている。苦しかったのだろう。彼女の目頭には、生理的な涙が滲んでいる。イデアはたまらなくなって、身体の熱を吐息にまぜて吐き出した。


『やめっ!! ぃや、だ……んぐゥッ!』

 僕に押さえつけられた君の静止を聞かずに、口を塞ぐ。やわらかいその肌が、どんどん露わになっていく。君はその大きな目を、羞恥と怒りできっと潤ませるんだろうね。快感も入ってるといいなあ。手の中で、悲痛な声をあげて。君のあたたかい呼気で手が湿る。いろんな感情でいっぱいになって、眉を切なそうに寄せて。きれいなその瞳で、もうやめてって。それを無視して僕は――――君を犯す。

『ぅ"、ぎィ……っ、ぁん!!』

 何度も想像して、汚してきた。想像上の君。想像上の君の声、におい、感触。ああ、かわいそうに。女神に見放されてしまった君は、今、僕の目の前に横たわってる。

「ふッ、ァ――――!! ハッ、ぁァ、……ぅッ」


 ぶるりと、イデアは身体を震わせる。横たわる彼女の口元や服や髪を、劣情がかすめていく。
 想像だとあんなこんなを彼女に強いたというのに、現実を目の前にすると手が出せないとか……。陰気にもほどがあるだろ、拙者。我ながら同情致す。ここまで来たなら、パッションを見せつけて行こうぜ? と悪魔が煽った。しおしおといつものように、相棒のティッシュ箱に手が伸びたが、ふと思いとどまった。

「………これ、くらいな、ら……いいよね?」

 ぷち、ぷちっ、とボタンを器用に片手で外せば、無防備に晒される生々しい下着。想像よりも、大人っぽいその下着姿とその下に隠れているやわらかそうな胸。ごくりと唾を飲み込んで、意を決したようにどろりとした体液を胸元にポタポタとこぼす。

「やっ、ゔぁ……。ないす、アイディアでは? いや、違うそうじゃない。最っ低っ、ですっ」

 口ではそうはいっても目は正直だ。イデアは剥かれた彼女の身体から目を逸らせないでいた。おっぱい、大きいなぁ……。とむくむくと好奇心の皮を被った何かがイデアの中で突きあがる。

「ぜんっぜん起きる気配がないですな……。まあ、起きたところですでに手遅れ感は否めないでござろうて」

 どう転んでも、拙者は犯罪者ルート確定。であれば、とことん悪行に手を染めてしまうべきではないか。とイデアは開き直った。震える指先で、そろそろとスカートをめくり上げる。ブラジャーとお揃いの模様。細いたて縞模様。

「あ、れ? ここだけ色が濃いや、なんだろう……湿ってる。……汗? かな」

 中心部が見えやすいように、足首を掴んで、足を広げさせる。露わになっていくソレにドキドキと高まる鼓動。身体にうずまく暑さと興奮からイデアの吐息が浅く荒くなる。のぼせてしまうような光景に、くらくらと熔ける思考。これが、クモちゃんのおパンツか……。これをめくった先に。
 むずむずと痛痒いくらいの好奇心に、イデアは身をまかせる。

「いいよね、みちゃって……も? フヒヒ」

 大きな身体を丸めて、イデアはその中心に顔を近づけた。ましゅまろのようにやわらかくて甘いそのふとももを、イデアの大きな手で掴んで開かせる。むっちりとした肉が、イデアの指に吸い付いて離れない。

「はぁーっ、はひゅ。こ、ここれが。アッ、いいにおい、する。これが、女の子の、におい……。やっば。っすぅ……ふっー。ちゅぅ、あ。これ、しょっぱいのは汗? 暑いもんね、うん……。あ"ー、かわいいなあ……。いや、これはやばい、えろっ。においだけで、下半身にキますわァ」

 イデアは赤らむ顔で、興奮気味に息を吸う。指をパンツの縁に、ひっかけて、散らばる息を整えた。もう見てもいいよね? ね? いざ行かん、闇深き地の底へ……。ドクドクと身体中に血流が巡る音を聞いた。



ピンポーン

「ぁ――――――――ッ!!!!!」
「シュラウド先ぱーい? いますー? いつも通り、お夜食もってきましたよぉ〜」

 驚きすぎてイデアは声も出なかった。ビクリと身体を震え上がらせる。一気に冷や汗が出たおかげで、幾分かほてる頭に理性を灯らせた。くそ。没頭しすぎて、忘れていたや。大学の後輩がたまに夜食を届けてくれるんだった……。


 イデアの技術力や、研究における視差の高く鋭い質問や観点。おどおどした普段とのギャップに惹かれる後輩は多いのだった。人と触れ合う事を嫌うイデアを高瀬の花として、崇めている。後輩たちはじゃんけんで、お夜食持ち込み! 本日のラッキーな後輩は誰だろな? をして権利を取り合っていることをイデアはもちろん知らない。

「あ、イデア先輩、遅いですよう! てか今日は珍しく、立ち話をしてくれるんですか??」
「あー、えッ? え、ぅん……」
「いつも扉開けたら、そこらへんに置いてけって言うのに。そうだ、駄菓子ばっかり食べてたらだめですよ! 学会発表も近いんです、から……んー? このにおい、……なんですかね?」
「んッ!!? 」
「なんか、スルメでも焼いてました?」
「!!? あッ、あー。うん、ずっとかじってもあれだから、炙ったりした、よ。それかな、ハハッ」
「ああー!! なるほどですぅ〜! 暑いんで、ちゃんと換気しないとですからね!! それじゃ、わたしはこれで〜」

 お疲れ様でしたー! と手をぶんぶん振りながら去っていく。本日のラッキーな後輩は、イデアとの立ち話記録を更新できたことに喜び、スキップでもしそうな勢いだった。もちろんイデアはそんなこと露も知らないし、その後ろ姿を切れ長の目に映すことはなかった。

 生きた心地がしなかった。と長く細い息を吐き出した。しっかり扉を施錠したことを確認してから、部屋に戻る。

「あ"、えっ、あっゎ、わわわっ!!」
「…………」

――――あの大きな瞳が、意思を持ってじっとりとイデアを見ていた。



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