山、そう、偉大な母なる山よ。恵みある森よ。私は今、ここにいる。


「ジェイド先輩、こっちに質のいいキノコたちがいます!」

「おやおや、それはぜひとも対面したいですね」

 食べれるのか、見た目は、植物園での栽培可能か、ぶつぶつと思考を垂れ流しにしながら、勇み足でジェイド先輩は私が指すキノコちゃんの元へ向かう。
 食材としてか、観賞用か、私にはキノコちゃんの行く末がまだわからないが、よいマスターが見つかってよかったな、同菌類よ。

 考古学者が化石に寄り添うように。土をはらう刷毛のかわりに園芸用のスコップを使い、腐葉土や枝葉をやさしく払いのけるジェイド先輩。はじめまして、ジェイドです。という会話が聞こえてきそうだ。キノコに寄り添う先輩の姿を横目に、私はあたりを見回して、他にお眼鏡にかないそうなキノコを探しつづける。
 部長の役に立つことが、部員の役目では? 違うか。

 ジェイド先輩との出会いは、植物園のとある一画だった。なんでもない昼下がり、迷い込むように……。いや、植物園広すぎて実際に迷った。そして、私はジェイド先輩と初めましてをした。その後、お誘いを受けて、山を愛する会に入部したのだ。イッツマイメモリー。
 ちなみに、ここナイトレイブンカレッジの新入生となった私は、キノコ人である。いや、キノコの妖精である。いや、人茸である。……何はともあれ、今は魔法薬の力で、まったく完全にヒトの姿をして通学している。
 そういえば、同じ寮に妖精族の末裔様がいるとは聞いていたが、本当にいてとてもびっくりしたなあ。廊下の角曲がり切る寸前の後ろ姿しかとらえてないけど。初日の式典では、体の一部だったカサ(キノコ○山でいうチョコの部分)がない事に違和感がありすぎて、隅っこのほうでフードを深くかぶり、軽いボディシックに泣きそうになっていたので、周りに気を使っていられなかったなあ。


「おや、もうこんな時間ですね。そろそろ引き上げましょうか」

「あ、もう日が暮れ始めて……」


 先輩の声に意識を吸い上げられて、太陽が低くなっていることに気づく。運動着についた土を軽く魔法で払い落としながら立ち上がり、ジェイド先輩がいるほうへ歩き出す。


「見てください、今日もこんなにたくさん。ふふふ、丁重に連れて帰らねばなりませんね」


 ほら〜パパでちゅよ〜、みたいなノリでジェイド先輩はキノコたちにあたたかみのある視線を向けている。私には少し新鮮で斬新なシチュエーション。だって、育ち切った立派なキノコたちであって、幼菌時の姿ではないのだ。そう、きみも、あなたも、私も。
 複雑な気持ちのまま、本日の戦利品をすべて持とうとするジェイド先輩に声をかける。

「荷物もありますし、それでは腕がいささか足りないように思います。私もかご、持ちますよ」

「ぷっ、たしかにこれでは腕が足りませんね。助かります」

 欲張りすぎました。困りましたね。と眉を八の字にするジェイド先輩。胞子飛びそう。飛ばさないように、落ち着いて同菌類たちを見回した。
 私が持つかごと、先輩が持つかごには、色とりどりで、形もさまざま。けれど、きっとルールに沿って並べられて、区分されたキノコたちがそれぞれのカサを仲良く揺らしている。
 行く末は正直わからないけど、きっとよくしてもらえるはずだから安心してね。


「遅くまでつき合わせてしまい、申し訳ありません。お礼に夕食でもいかがでしょうか」

「お礼だなんて、部員として当然ですから」

「なんと意識の高いことでしょう、感涙してしまいます。しかし……」


 残念です、またの機会にでもぜひ。と少ししぼんだような声だった。さらに、散策していた時の表情とは打って変わり、ジェイド先輩が森で秘密裏に育てているキノコが次の日見たら、柄(キノコ○山でいうクッキーの部分)から上がなくなっていた時と同じ表情だ。ぱしぱしと私は瞬く。これは私のセルフ幻覚か、それともそこなキノコが見せる幻覚か。少しは期待してもいいんですか、なんて。
 まとわりつきそうな幻覚を振り払いながら、待たせていたほうきに乗って学園を目指す。


「本当にキノコを見つけるのがお上手ですね」

 ありがたいことです。後ろに乗ったジェイド先輩と私の間は、拳二つ分あるはずなのに、なんだか耳元で囁かれたみたいで、ぞくぞくした。ほうきの柄を握る手に変な力が入って、体勢を崩してしまった。やばい。

「す、すす、すみません!! ジェイド先輩大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ。キノコたちも問題ありませんからね」

 ね? とジェイド先輩の肺から生み出される吐息が、近い。拳二つ分だったのが、拳半分くらいにまで減ってしまったようだ。もうほぼ拳ない。態勢を崩さずに、安全に鏡の間へ到着するのが私の最後のミッションなのだからと、心の胞子が精神統一した。


「……いい香りがしますね。まるで山というか、森のような」


 心の胞子が飛び出しかける。


「は、はは、魔法で払ったとはいえ、二人とも土まみれでしたからね。帰寮したら、湯あみですね〜」

「そういうことでは……。まあ、いいでしょう」


 私は気を引き締めなおして、精神統一をした。私の心意気を応援するかのように、ジェイド先輩は鏡の間につくまで、鼻歌を歌ってくれていた。



 そんなちょっぴり冷たい夜風の中に、ジェイド先輩と私がいた。揺れるキノコたちみたいに、仲良くみえたらいいなあ。


のキノコ



◆◇夢主
キノコの妖精/キノコ人/人茸さん


◇◆ジェイド
新部員が増えてとてもうれしい。次は一緒に夕食をとって、キノコの話をしたい。


彼は彼女がキノコの妖精であることを、まだ知らない。
彼女も彼が人魚であることを、まだ知らない。

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