体育などむだだ。
バルガスは筋肉こそ正義だと、でかでかと言うが、僕には必要ない。箒など必要ない。なくても飛べるというのに。筋肉! 運動! とやかましいバルガスに飛行術の「お手本」で黙らせ、ようやく手に入れた沈黙。授業の喧騒から離れた、人目につかない木陰をみつけて、周りにいた妖精をマレウスは視線でどかし、木の幹に寄りかかって座る。
ぴったりとしたインナーの首元をぱたぱたと仰ぐが、ちっとも涼しくなりやしない。
今日はあつい日だ。バルガスのせいで、暑さに余計な拍車がかかったな、許さん。
背中から伝わる木がじんわりと温かいことに気づき、顔をしかめた。普段は息を吸うように魔法で阻むものを排除してきたが、こうも暑いと何もしたくなくなる。
マレウスはあきらめたように、木に深く寄りかかって手足を投げ出した。
故郷では、こうも暑い日はそうそうない。静けさに満ちている故郷。名物の茨とほのぐらい空が広がる情景を思い出す。
「っ……ぅ……大丈夫? ツノ太郎」
「なんでここに、授業は……」
「わたし、魔力ないから飛行術はみてるだけなんです。先生に走り込みやれって言われてますが、こっそりさぼってます」
先生には秘密にしてくださいね、といたずらっぽく監督生は微笑んで見せた。今日は暑いですね〜、と呑気な声を出してマレウスの隣に座り背を木に預ける。
隣の監督生をマレウスは、ひっそりと横目で盗みみた。
首や、こめかみに汗がきらりとひかりながら、滑り落ちていく様子をみて、やはり今日はあつい日だと再認識する。
ぱち、っと視線に気づいて、何を勘違いしたのか、人の子はペットボトルを差し出した。お水いりますか? なぜペットボトルを、と怪訝そうな表情を察知した監督生は、なんだか暑そうにしているので、と何でもないことのように答えた。
「どうしました……? あはは、いやだなあ、ちゃんと買いたてほやほやの新品ですよ? まあ、ちょっと凍らせておいたくらいで、何もしてないですって」
「いや、そうじゃ……」
「飲まないなら、これを、こう、タオルにまいて……っと、ちょっと失礼しますね」
僕の首筋に躊躇なくそれを当てる。ほてった身体にはちょうどいい具合に冷えていた。
押し当てられたタオルから、自身のものではない香りがする。嗅ぎなれないそのにおいに包まれてマレウスは目を閉じた。監督生に身を任せて、されるがままにした。セベクが居合わせていたら、さぞ見ものだろうと、心うちにあのよく響く声を聴いた。
「つめたいな」
「ふふ、これが私の魔法です」
からん、ころん。ペットボトルと氷がぶつかった音が耳元できこえる。その音でさえも、あつくなった身体を冷やすのに一役かっていた。自身の熱で氷が小さくなっていく音がする。また当たって、とけて、水の一部になってを繰り返す。それは自然の摂理。
冷えていくはずのからだがあつい。じくじくと内側を自分のものではない、別の炎がくすぶっていることを僕は知っている。誰にも触れさせることのできない、奥深くで。
薄く目を開いて、隣に目をやる。監督生は、マレウスにやったようにペットボトルを自分の頬に押し当てていた。その瞳には僕は映っていない。遠くのものに焦点をあわせるように、きゅっとマレウスの瞳孔が絞られる。
人の子よ。
ホントウの僕をしらないだろう。知ったらどうなってしまうのか、見せてほしい。その声で、瞳で、まつげを震わせて、見せてほしい。この熱がとかすものをみせてほしい。じゅくじゅくにとけて、溢れだしそうななにか。こくりと喉をならして、隣に手を伸ばす。
あちこちにペットボトルを当てて涼しむ努力をした名残か、乱れた監督生の髪を、マレウスは耳にそっとかけなおした。
「ありがとう、ツノ太郎」
「どういたし、まして」
今日はあつい日だった。茨もなく、空はうっとしいほどの快晴で、僕の隣に並んで座る人がいる。
ぴったりとしたインナーは、つめたさを失ったペットボトルの水滴をすって、すこし冷たくなっていた。
残暑
### 監督生
ツノ太郎しんどそうだからいっしょにさぼった
### マレウス
やさしくしたいし、めちゃくちゃにしたい
(変温動物気質だから、運動した後の体温調整むずかしそう。じゃあ、感情のコントロールもむずかしそうなんでは、という超訳妄想)