愛に溺れることは、しあわせなことだろうか。

 もがいて、いのちを包んだ気泡が口からこぼれ出る。混ぜられたのは相手への愛情か、それとも憎しみか。

 私なら間違いなく憎しみの方だ。まず、できるなら、溺れたくない。浮き輪持って浮いていたい。自分のペースでたんまり空気を吸っていたいのだから。溺れたりしたら相手を恨む。

 だから、あなたのことがキライです。
 嫌い、そこもあそこも。

- - -




 リドル先輩に勉強をみてほしいとお願いして、時間を取ってもらい、ひらいた質問攻めにしてもよいお勉強会。

 ほのぼのとした空間は突如かじりとられてしまう。どこからともなく現れたフロイド先輩に見つかり、オレが教える〜とかいってリドル先輩の筆記用具を全部奪うなどの行動を取り、邪魔してくる。筆記用具持ってなかったのに教えるつもりだったのか。
 赤い女王さまと海のギャングは咬戦こうせんの末、爆発した。

「ムギィィィイイイイ、おふッ、off with your」
「リドル先輩っ!!! だめです、落ち着いて!!! おいこら、フロイド待て!!!!」

 教えるとはなんとやら。フロイドはけらけらと笑いこけて2人のやりとりを眺めたあと、なんでもないように去っていった。オバブロ一直線リドルの後始末を押し付けて、気まぐれで、まったく先が読めないところがキライ、ムカつく。何考えてるかわからないところもキライ。



◆◇◇



 自習をしていたら、もうすっかり暗くなってしまった。自寮でやりたくても、はらぺこグリムがすっとんできて身が入らないことは、織り込み済みだ。
 弱音なんて吐いていられない。人一倍頑張らないといけないことなんて、わかりきっている。庇護されるのはこの四年間だけ。終えれば自分で道を切り開いていくしかないのだ。それまでに少しでもこれからの選択肢を広げたい。ただそれだけなのに。

 掴まれる胸ぐら。あーあ、着れる服少ないし、大体サイズも合わないし、魔法もないからちくちく裁縫するしかないってのに、ダメにしないでほしいなあ。


「カ゛っ、……はッゥ」


 もういいよ、しらない。しかたないよ。監督生は諦める。誰もが認めるような力がある特待生なんかじゃない。ただの魔法も使えない人間だから。受け入れない人が一定数いてもしかたないから。
 誰も悪くない、誰も間違ってない。きっと彼らは必死なだけ。私がここにいることだけが間違いなんだ。だから、だからわたしをかえしてよ。





「ねぇ、ジェイド」
「ふふ、可愛い兄弟の頼みなら仕方ありませんね。貸し一つですよ、フロイド」

 かすむ意識の中で、苦しさからか安堵からか、閉じていくまぶたの隙間から何かがこぼれた。
 暴力てきなところもキライ。



◆◆◇



 モストロ・ラウンジでのアルバイト中。重たい食材や鍋をえっせらほっほと、全身の筋肉を使って運んでいた。采配したやつマジで見当違いすぎ。私の体格を存じあげた上で仕事頼んだのかな? もっと適役・リーチとかいるじゃん。頼みにくいってか?

「はあああ、もうむりぃ」

「小エビちゃん、もうむりなのぉ? あはっ、よわっちぃね」

 ガチの小エビじゃん〜。すでに疲労困憊の筋肉繊維がちぎれるように、わたしの何かもぷっちんした。手に持っていたものをがっちゃんと床に荒々しく降ろした。

「そんなに、バカにするなら先輩が運んで手本をみせてくださいよ」

「いいよぉー」

「え」

 ちぎれたばかりの何かをちょっと待てと、思わず掴んでしまった。床に少し散らばった食材とか鍋をフロイドはなんとなしに持ち上げて、さっさと目的の場所まで運んで行ってしまう。
 ってって、とついていき任務完了したフロイドに声をかける。

「あの、フロイド先輩。……対価は、いかほど、でしょうか」

「えー、だってお願いを叶えてとは言ってなくねぇ〜?」

 変なの。とぎざぎざの歯を見せつけるようにして、私をからかう。そんな、ことば遊び。間違いなく私は困っていて、間違いなく手助けが必要な状況で。

「ありがとうございます……」

「ん、いいよぉ〜」

 命令されるのは嫌いだというのに、”お願い” にちゃんと耳をかたむけてくれるところもきらい。



◆◆◆



 いつかの放課後。元の世界に戻りたいって、オクタヴィネル寮の外れで、泣いてた。ここは海の中でしょう、涙なんてまぎれて分からなくなると思ったのに。涙はいつも通り頬をつたう。なんで、どうして、なにもかも思い通りにならないの。

「こえびちゃん」

 声をかけられ、ピシリと身体が魔法にかかったように凍ったところを、どこからともなく現れたフロイド先輩に見つかった。
 意地悪そうに覗くぎざぎざの歯はみえなかった。ぎゅって抱きしめられて、ただ涙が止まるまで一緒にいてくれた。海に吸われず、包まれた制服の生地に吸われていく。

 そういう力が強くて、加減が下手くそなところも......。

 自分の心臓は相手に握られているんじゃないかと、錯覚してしまうほどに制御できないこの心臓も。





 肩ごしに見えたのは、昼の海に溶けそうな色をした髪の毛と、光をまき散らしたような、星空みたいな、はるか遠くの海面。

「ねー、苦しいのぉ? オレが、助けてあげよっか?」
「ぁ......っ」

 ああ、私もいつか本当に溺死するのだろう。深海まで。


げられない


◆◇◆監督生
ごぼり

◇◆◇フロイド
逃がさないし、ずっと一緒


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