受けるべき授業も受け終われば、気分次第だが、セベクに見つかる前に姿を消すこともしばしばある。今日は学園のどこかで、セベクの声が響き渡っていることだろう、と思いを馳せながら、寄り道の候補を挙げていく。散歩ついでに中庭を通ると、赤い陽だまりが空間を満たしていた。しばらく寄っていなかったな、とお気に入りの場所をマレウスは思い浮かべて、パチンと姿を消す。



 図書室に姿を現せば、大抵のNRC生は蜘蛛の子を散らすように、図書室から出て行った。格上の魔力を感じ取り、自ずから道を開けるのだ。ぽつぽつと、図書室でよく顔を合わせる生徒などは残り、ちらりとこちらに視線をやりはするが、気にせず作業を続けている。お互い決して干渉しない。減ってまばらになった生徒のなかに、あるいみ異質で、目を惹かれる存在をマレウスは視界に捉えた。

 監督生には、魔力がないからか、僕がそばまで近づいても分厚い魔法薬学書から目を離さないでいる。微々たるものだとしても、お前に魔力があったなら、どんな顔を見せるのだろうな。と詮無いことを思う。
 一息といった風に顔あげ、監督生はようやくマレウスの存在に気づいて、へにゃりと笑みをこぼす。「こんにちは、ツノ太郎」と。

「もうこんな時間になっちゃったのかー、グリムに怒られるかなあ」

 閑散とした図書室を見渡して、監督生は時間の進みを読み違えた。遅い時間だから人が減ったわけではないが、まあ指摘したところで、それも詮無いこと。

「勤勉なことだ。どれ、僕が少しその成果を見てやろう。質問するがいい」
「そんな意地悪そうな顔でいわれても……」

 ぷくっと頬を膨らませながら、ここがちょっとわからなくて、と監督生はノートと参考書を指さし、絡まった思考をマレウスに伝えはじめる。

 外の喧騒とは隔絶された空間。窓から差し込む光、暖色をわずかに残した時間帯。3年生が1年生に魔法薬学を教える……、これぞ学生だな。リリアもきっとそう思うだろう。机に広げられたノートと参考書のように、学年の違う二人は横に並んで、時間を過ごした。





 本格的に陽が暮れはじめ、集中力も切れかけてきたころ。そろそろ切り上げようかなと、考えていた監督生はぐぐっと伸びをした。いつもより近いマレウスの頭にすいっと、視線をやる。


「? ……ツノ太郎、今日、角の色つやが……なんか」

 ちがう、心うちに監督生はつぶやく。前はもっと、こう、つるんというか、ぴかんというか。手に吸い付きそうなしっとりとしてそうな色味をしていたのに、今日はちょっとくすんで見える。色むらがある訳ではなく、全体的に色のトーンが前とちがう。

 私が気づいてないだけで、ジャックのしっぽとか耳と同じ原理だったのかな。彼は揺れるけど、気持ちに反応して色が変わるとか? やばいじゃんツノ太郎、魔法の角じゃん。いや、まって……ってことは気分悪いのかな。私がなんどもわがままで触らしてもらっていたから、角にブロット溜めちゃってたのかな。本当は嫌だったのかな。


 監督生が百面相をはじめた隣で、マレウスは感心していた。
 自身の小さな変化を拾い、言葉にして渡す目の前の小さき生き物。内側にぽっと火が灯る感覚におそわれる。神経を侵食され、表情まで伝導していきそうになるのをぐっと堪える。

「ほう、人の子でありながら、わかるか」

 声色にはよろこびが滲みでていたが、過去の罪を数え上げている監督生はきづかない。マレウスは胸をわずかに張って、秘密のヴェールに隠された真実を告げる。そろそろ、脱皮するのだ、と。

「へ、だっぴ?」

「そうだ、衣代わりのようなものだ」

「そういうシステムだったの、その角。色がくすんで見えるのは、そういこと?」

「いかにも」

「え、脱皮したら、みたい!!」

 驚きと好奇心が織り込まれた瞳を向ける監督生の変化をみて、えっへんと、マレウスは気持ちの高ぶりがとまらない。監督生も、数えた罪が救われ天に召されたような気がして、自身も天にも昇る気分だった。

――――お前がその顔を見せるなら、なんだって与えよう。
 華やかに笑むマレウスを、監督生は息をひそめて見つめた。それは、毒だったかもしれないし、蜜だったかもしれない。






 数日後、いつも頭上から見下ろしてきた角の形をした薄い殻を約束通り見せに来てくれた。形が崩れてしまわないようにか、とげのついた蔓の模様で装飾された箱に、それは不思議な光を放ちながら収まっていた。

「取り出してもいいの?」
「ふっ、もちろんだ。僕の魔力で強度を高めてあるからな」

 マレウスの言葉を受け、監督生はそっと優しく箱から取り出して、光に透かしてみたり、模様をじっとみつめてみたり、模られたくぼみに触れてみたりを繰り返した。
 静かにこどものようにはしゃぐ、その様子をなかば呆れたように眺めていたマレウスだったが、元は身体の一部だったこともあり、だんだんと気恥ずかしい気がしてきた。渡した抜け殻を取り上げることも、そんなに見ないでくれとも言えず、監督生を直視できないでいると、喜色満点の声色で、みてみて、と監督生に声をかけられる。

 お揃いじゃん! 頭にあてて、無邪気にけらけらわらう監督生に、マレウスは別のブロットが溜まることになる。



ふしぎな



### 監督生
すごーい、きれーい

### マレウス
連れて帰っても誰にも文句言われないとおもった

(脱皮するのかな、という妄想。おそろーいってやりたかった、実際は骨かもしれないけど。セベクは若様コレクションとかしてそう。いつもごめんねセベク)


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