朝の目覚めがよかった。
 フロイドは調子に乗って半熟目玉焼きを2つトーストに乗せて食べた。揺れるそれは見ていておもしろい。海になくて陸にあるものは数え切れない。フォークで突くと黄身があふれてトーストを染める。テーブルにこぼしたら、アズールに怒られた。よくある1日だ。

 今日は部活に行ってみたが、気分が乗らず、さっくり切り上げてきたフロイドは余る体力を消化するために、ハーツラビュル寮へ。芝生があるから、パルクール中に転んでもあんま痛くないんだよねえ。葉っぱで切ると痛いけど。
 フロイドがどこらへんで遊ぼうかと、迷っていると仲良く頭を寄せ合う2人を見つけた。

「金魚ちゃんと、小エビちゃん……」

 なにを話しているのか、こちらには聞こえないが、纏う空気は柔らかそうだった。へぇ、金魚ちゃんもそんな顔するんだぁ〜。
 なんだか海にはない綿菓子みたいで、無性に歯がうずいた。虫歯になってもしらないですよ、とアズールの小言が聞こえる。ただのよくある1日で終わらせるにはもったいない。とフロイドは無意識に舌舐めずりをした。
 何してんのおもしろそー、まーぜて? とその空気を齧りとる。いつものようにひょいっと、リドルの所持品を掠め取る。キッと目を三角にして睨むリドル。

「きみはっ、いつも、どうして、そうやって!!!」
「金魚ちゃん何いってるか、ぜーんぜんわかんなーい」

 リドルの奇声にけらけら笑って、その場を離れる。2人してぷりぷりおこっちゃっておもしれー。監督生もキッと威嚇するようにフロイドを睨んでいる。ちーさいのに、うける。
 おもしろかったし、今日は帰ろっと。


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 アズールに頼まれた仕事を終え、ジェイドとたあいもない話をきゃいきゃいと話しながら、夜道を歩く。身体動かしたし、帰ったらなんか食べよー、とラウンジの賄いをいくつか思い浮かべていたのに、終わらせたばかりの仕事を彷彿させるような、剣呑な雰囲気にかち合わせた。

 面白そうだから覗いて帰ろぉ、とジェイドに視線だけで会話する。ニタリと2人でほくそ笑む。知られたくない場面や情報だったなら、アズールへの土産にもなる。オレってば、えらーい。けんしんてきってやつ?

 近づくにつれ、まず苦しそうな声だけが聞こえて来て、次に腕が抵抗もなくだらんと下がった人の姿が見えた。胸ぐらを掴まれていたのは、見覚えのある監督生でーーーー。
 は、なんで諦めてるわけ? オレとかアズールにいつも向けてくる反抗的な態度はなんだったの? おもしろくねぇ、と身体の内側で、渦巻く潮騒がきこえた。

「ねぇ、ジェイド」
「ふふ、可愛い兄弟の頼みなら仕方ありませんね。貸し一つですよ、フロイド」



 1人、2人と絞めていく。胸ぐらを掴んでいた生徒が逃げ出した拍子に、乱暴に投げ出された監督生のそばにフロイドは歩み寄る。あとは追い詰めて捕らえるタイプのジェイドが、最大限恐怖心を煽りながら鬼役をまっとうしてくれるだろう。
 手荒に扱われただけで、外傷はさなそうだ。腐ってもNRC生ということか。とフロイドは一人で納得する。地面に打ち付けたであろう頭に、気休め程度の治癒魔法をかけてやる。


「なんで助けを求めなかったの?」

 小エビちゃん、何してんの。ぷすり。小さな針で刺してみても、返ってこない投げかけ。ちくりと、わずかに痛む。それはどこに刺さったのか、わからない。
 フロイドは眉をぐっと寄せて、横たわる監督生の2つの海から溢れたであろうの水の跡をフロイドは指でそっとぬぐってやる。

「しょっぱ」

 そのまま片方の海を親指でなぞる。その下の熱を、いつも向ける反抗的な瞳を薄い皮膚越しにじわりと感じた。
 凪いだ海はおもしろくない。



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 生活費を稼ぐために、という とっても おもしろくない理由でアルバイトを始めたらしい小エビちゃん。小さな身体を使って、振られる仕事を淡々とこなす姿をサボりながらフロイドは眺めていた。

 小さくて魔力もない。でも、2本脚を、この知らない世界の陸にしっかりとつけて、立っている。
 待ってと声をかければ、待ってくれる片割れがいるわけじゃない。気遣いまじりのうるさい小言をねちねち言う幼馴染がいるわけでもない。
 きっと強制的に歩かなければならない状況なのだろう。それは強いのかもしれないし、脆いのかもしれない。めっちゃ小エビじゃん。

「はあああ、もうむりぃ」

 珍しく弱音をはいた背中におもわず声をかける。がちゃんと音がして、顔に不快ですとでかでかと書かれた監督生が振り向いて下からフロイドに喧嘩を売る。

「そんなに、バカにするなら先輩が運んで手本をみせてくださいよ」

 売られた喧嘩は買う主義のフロイドは、いいよぉ、と一言返してさっさと足を動かす。頼ってしまえばいいのに素直じゃない言葉におもわず笑ってしまう。でも、はめられた2つの海は素直じゃん。とついてくる監督生のやわい部分を見て、おもしろいや楽しいとは別の感情がちらりと覗かせる。やわらかいさざ波が自分にだけ聞こえた気がした。


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 海とは違うにおいがした、気がする。
 ラウンジの開店時間まで、時間を潰してさぼっていると、それはすんと鼻をかすめる。自分のテリトリー内に何かいる。
 ふらふらと寮の外れを勘頼りにさまよえば、いまにも泡になってとけて消えてしまいそうな、背中を見つけた。

「こえびちゃん」

 形を確かめるようにぎゅっとしてあげれば、身体の硬直を解いて、素直に肩口に頭を埋める。これは、ジェイドとアズールにめっちゃ怒られるだろうなと、とくとくと伝わる生き物の音を聴きながら、ちょっと先に待っている未来を思う。
 寮服のシャツにぎゅっとつかまる監督生をみて、フロイドはずっと思っていたことを提案してみた。

「ねー、苦しいのぉ? オレが、助けてあげよっか?」

 溺れても、助けてあげるから、捕まってみたらいい。居場所をあげる。慈悲深い海の魔女の精神に則って。


「たす、けて……」



 海にはなくて陸にしかないもの。いつか食べたトーストを思い出す。だめになっても、ちゃんとたべてあげるから。




がさない



◆◇◆監督生
・・・

◇◆◇フロイド
大丈夫、ずっと一緒
いきなり囓ったりしないよ、人魚だから

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