高校生最後の夏。彼にとってもそうであり、また水泳部で過ごす最後の夏でもある。
私も彼とのひと夏の思い出が欲しい。そんな気持ちを抱きながらも、彼が勉強と部活に日々奔走する姿を見ていると願望を抱いた自分に嫌気がさす。そもそもなんと声をかけるのか。ひと夏の思い出つくりませんか?一緒にプール行きましょう!毎日泳いでいる彼に?色々な考えが浮かんでは消え、私の中の私が否定していく。あーあ、きっとこのまま夏が終わるな。思わずなげやりになった私の目に、1枚のポスターが飛び込んだ。そう、夏祭りである。



ここ数日、和花さんの様子がおかしかった。
失礼ながら彼女において"おかしい"と表現することが不思議なくらい、僕にとって彼女の行動は理解できないことが多いのだが本当に彼女の様子が変だった。

去年の秋、僕たちはめでたく恋人と呼ばれる関係になった。少なくとも僕はそう認識して、彼女にもそう伝えたつもりだ。「付き合ってくれませんか」と、ストレートな言葉を選び、意を決して伝えた僕に「どちらにですか?」と答えた彼女の事だから万が一はあれど、改めて告白した時には顔を赤くしてその場で何故か倒れ大騒ぎになったものだから、伝わったはずだ!記憶に残っていれば。
このようにちょっと変わった不思議な恋人の様子が、本当に変だった。

彼女の理解しがたい行動の中にも、僕にもわかるものがある。急に彼女がよそよそしくなる時それは何か僕に言いたいことがあるサインだ。そんな時決まって僕から彼女に尋ねるのだけれど、答えが返ってくる場合と「なんでもないです」とはぐらかされるのは半々だったりする。何を遠慮することがあるのだろうかと寂しさとほんの少しの憤りを感じながら、僕は彼女の歩幅に合わせて歩く。そんなゆっくりの歩幅の彼女がまた例のサインを出しているのである。珍しいことに今回は僕の名前を呼んでははぐらかし、目があって「あの…」と言いかけてはぐらかす。なにかがおかしい。恋人としては彼女の小さな悩みから大きなものまで、全てを受け止め解決してあげたい。いつものように尋ねてみると彼女からは驚くべき返事があったのだ。
「時が来たら私からお話しします」
青天の霹靂。天変地異の前触れかとも思える彼女の積極的な言葉に僕は「わかりました」と返すしかなかった。やっぱり変だ。それにしても「時」とは彼女は何を待っているんだろうか。


天変地異の前触れから早2日、あれから幾度となく彼女と顔をあわせたが、何も教えてはくれない。彼女の言うところの「時」がまだなのだろうか。時々また難しい顔をしているから、諦めたり忘れたりということはなさそうだが、僕はどうしても気になって仕方がない。気付けば彼女と過ごす1日がまた終わろうとしていて、何を悩んでいるのかわからない彼女のそれは、すっかり僕の悩みの種となった。理論的に悩みの類いは誰かに相談した時点でほぼ解決するというのに。もう一度彼女に尋ねてみよう。そう思って彼女の名前を呼ぼうとした時、彼女の口が開いた。
「りゅ」
言葉に詰まり、大きく深呼吸。そして僕をしっかり見て
「れいくん 一緒にお祭りいきませんか…あしたの…」彼女らしくない言葉。まるで夢のようで言葉がでない。そんな僕を見てなのか、はじめから自信がなかったのか「やっぱりだめですよね」と見るからに落ち込む彼女。駄目なわけがあるものか。僕は気付けば彼女の両手をぎゅっと握っていた。
「ええ!行きましょう。」
そう目を見て伝えると、みるみるうちに彼女の顔はゆでダコのようになって、がくんとふらつけばポロポロと泣き始めた。断られるかと思った、我儘を言えば嫌われてしまうかと思ったと。きっと和花さんは今までも僕に伝えたいことが、頼みたいことがあっても諦めきたのかと思うと寂しさを感じてしまう。もっと僕を信じてくれてもいいのに。

「和花さんの頼みを僕が断る筈がないじゃないですか。勿論不可能なこともあります。ですが僕にできること、あなたが僕としたいことがあれば何だって叶えたいと、そう思っています」
僕は彼女に遠慮して諦めて欲しくなかった。そう思った僕の言葉に彼女は目を丸くして、またポロポロと溢しながら思いきり僕に抱きついてきた。

ん?

今までの彼女からはとても信じられない行動に、僕はなにもすることができなかった。一体何が起こったのか。うろたえる僕を見上げ彼女は蕩けるような笑顔で「れいくん ありがと」と言い、そして泣き顔を隠す様にまた僕の制服に顔を埋めてしまった。
かわいい。
なんとなく普段和花さんが顔を赤くして倒れる理由を身をもって経験した僕は、このまま彼女が落ち着くまで胸を貸してあげたい気持ちではあったが、誰に見られるともわからないこの現状をなんとかしなくてはいけない。恥ずかしがりやな彼女が何故コアラのようにぴったりと僕に抱きついたのかという大きな謎を残しつつ、帰りましょうかと彼女に声をかける。そういえば僕にはもう1つ疑問があったんだった。帰り道に聞いてみよう。今なら彼女も何でも答えてくれるだろうと、心の距離が縮まったのを確かに感じた僕は、明日からの彼女との毎日が一層楽しみになった。




「ところで和花さん。
"時"とは、何を待っていたんですか?」
「時?あ、 私の中のGOサインです!」
「…なるほど…?」