『好みの香りを』(4年目)
W7には古代兵器の設計図を持つ男がいる。
そんな情報を手に入れて、買い物を口実に訪れたものの、流石に政府の目が届いていたようで、造船所内には複数人のCPが入り込んでいた。
(面倒臭ぇ)
クロコダイルは心底そう思う。七武海であるクロコダイルの姿を見て、上手に隠したつもりの殺気を放った数人の顔を確実に覚えて、クロコダイルは隣を歩くアスヒの肩を引き寄せた。
彼の行動に一瞬驚いた顔をするアスヒだったが、次には上品な微笑みを顔に乗せて、心底クロコダイルを慕っているとでもいうように、クロコダイルの腕に頭を寄せた。
アスヒは利口な女だと思う。
自分の魅力をある程度は理解し、男をたてる術を知っていて、そしてそれを上手に、クロコダイルが望む時だけ演じて見せるのだから。
「もう少しそうやって猫かぶってろよ」
囁きかけてやると、アスヒは不服そうに一瞬だけ眼光を強くさせた。
彼女はそれをすぐに隠したが、内心ではどう思っているかなんてわからない。
全く。利口で、そして生意気な女だ。
†††
「組立はどうする?」
「アラバスタの大工にやらせる。組立だけならこっちでも出来るだろう」
クロコダイルに対する敬語は、最初の数秒しか使わなかったアイスバーグ。
クロコダイルはそれをたいして気にすることもなく、そのまま交渉を続けていた。
今はアスヒはそばにいない。商談をまとめる時には必要ないだろうと、自由にさせておいた。
商談を軽くまとめ、アイスバーグが近くの船大工達に運び出しを指示する。
1時間程で積み込みが終わるということで、それまでアスヒを連れ出してやろうと気まぐれにそう考えたクロコダイル。
自由にしてろとは言ったが、そう遠くには行っていない筈だ。
辺りを見渡しながら数歩歩いていると、見慣れたメイド服を見つける。
「……あの女」
だが、見つけたアスヒは鳩を肩に乗せた男と会話していて、咄嗟にクロコダイルは身体を砂に変えて、彼らの間に割り入っていた。
殺気立つクロコダイルが牽制の声をかけると、鳩の男が何かを言うよりも先にアスヒが慌てて口を開く。
アスヒは動かないクロコダイルにもうひと押し声をかけて、彼の腕に軽く触れて静止させる。
その、男を庇っているかのようなアスヒの行動に心底腹が立つ。
それでもここでこいつを殺す訳にもいかなくて、彼女の望むように大人しく引いてやる。
男を睨み続けて、そして男も一切に怯むことなく視線を返してくることにさらに腹が立つ。
舌打ちを零して男から離れて、2人になったところでアスヒが小さく謝ってきた。
「すみませんでした」
「あいつが誰か知ってんのか?」
「船大工だということは知っていますけども」
さらりと答えてくるアスヒに舌打ちを返す。
彼女は今、話していた男がただの船大工ではないことを知っているのだろうか。
あれはCP9のメンバーだ。それも、確か、リーダー格の。
知っているのだとしたらどこで?
知らないというのならば、わざわざ話しかけに行った理由は?
浮かんでくる疑問に苛立ちを覚えるクロコダイルだったが、アスヒはそんなクロコダイルを宥めるように微笑むばかりだった。
1人で大人しく観光も出来ないのか。と呆れたように声をかければ、アスヒは生意気にも小さく反論してきた。
ぎろりと睨んでみても彼女は涼しい顔をしたまま、興味津々にW7の街並みを眺めていた。
積み終わったら出航だと伝えれば、アスヒは楽しそうに微笑みを浮かべた。
わざわざ海列車に乗って隣の街まで行きたいというのを却下すると、考えていたのだろう、アスヒはすぐに代替え案を出してきやがった。
ヤガラという得体の知れない生き物に乗って、W7中に張り巡らされている水脈の上を移動していこうというのだ。
アスヒは能力者であるという自覚が足りないのではないだろうか。水は能力者にとって最大の障害だというのに。
…ミズミズの実の能力は、水だというが海だろうが関係ないのだが。
溜息をついてヤガラには乗らないとだけ伝えるとアスヒは、微笑んだままクロコダイルと腕を組んだ。
彼女からそんなふうに腕を絡めてくることなんて今までになかった。
笑った彼女はいつになく上機嫌で、クロコダイルは仕方がないと思い直して、アスヒが進む方へと歩幅を合わせてやった。
アスヒのご機嫌取りをするのも楽じゃない。
だが、脅す目的で連れてきた会議で、予想以上に怯えられたということもあり、彼女にはもう少し『アメ』を与えなくてはいけない。
面倒ではあるが、彼女がクロコダイルに逆らうようになっても困る。
ミズミズの実を持つ彼女が本気を出してしまえば、不利なのはどうあってもクロコダイルなのだから。
「クロコダイル様、これ、可愛いと思いません?」
普段にないほどの楽しげな笑みでクロコダイルに振り返ったアスヒ。
こんな水にあふれた街の何が楽しいというのだろうか。
アスヒへの返答をしないまま疑問を抱いていると、目の前のアスヒは僅かに眉根を下げた。
「クロコダイル様?」
「あ?」
「…おねだり、してみてたんですケド」
「はぁ?」
珍しい彼女の言葉にクロコダイルは思わず声を返していた。
その声は聞く人が聞けば不機嫌そうに聞こえただろう。
クロコダイルはただ素直に驚いていただけだったが、アスヒもまた声が不機嫌そうに聞こえたようで「冗談です」と不服そうに頬を膨らませたあと、手にとった商品を棚へと戻していた。
アスヒは今まで近づいてきた馬鹿な女達と違って、宝石や香水をねだってくることなんて1度もなかった。
初めてだと思われる『おねだり』に、彼女の性格は知っていると思っていたクロコダイルは本当に驚いていた。よっぽど遠出が出来てご機嫌なのだろう。
今は手に取った数種の香水の香りを吟味しているアスヒ。
アラバスタには香水が名産物のナノハナがあるというのに、わざわざここで香水を買う理由も分からない。
だが、それでもアスヒは楽しげに香水を厳選している。
これで彼女に『アメ』を与えたことになるのなら、まだ楽な方だ。
王下七武海の姿に腰が引けている店主を完璧に無視し、クロコダイルもまた暇をつぶすように何種かの香りを嗅いでいた。
そして会計に向かおうとしたアスヒの手から香水を取り上げて、香りを嗅ぐ。それを見るアスヒの非難の目。