『笑顔の手配書』(6年目・原作)

「……モンキー・D・ルフィ」

アスヒは発行されたばかりの手配書を見つめて、その名前を小さく呟く。

笑顔を見せるその麦わらの男は、1度も会ったことが無いにも関わらず、アスヒには酷く見知った顔であった。

(やっと、追いついた)

今まで数年間メイドとしてこの屋敷で働いてきた。その間、クロコダイルの立場を揺るがすようなことなどは一切なかった。
これからも、彼の立場が危うくなるようなことなんて、許せない。許せないと思えるくらいには何時の間にかなっていた。

静かに溜息をつき、ゆっくりと名前を撫でたアスヒは、手配書を机の上に置く。そこには既に何枚かの手配書が束になっていた。
なんとなく集めてしまっている手配書には、彼女が『知っている』ルーキー達が重ねられていた。

「何を見ている?」

急に声をかけられて、はたと気づいたアスヒは振り返る。そこには葉巻を咥えたクロコダイルがじとりとアスヒを見ていた。

ここはアスヒが私室にしているメイド長室だ。
またノックもせずに、それどころか気配を消して扉を開いたであろうクロコダイルに、アスヒは苦笑を零して立ち上がる。

「また新しい手配書が発行されたので、それを見ていました」

1番上にあるルフィの手配書を持ち、アスヒはそれをクロコダイルへと見せる。
心底興味がなさそうにしているが、彼には、この名前と顔を知っていて欲しい。いつになるかはまだわからないけれど、それでもクロコダイルと彼の遭遇は近づいてきているのだから。

クロコダイルは訝しげに片眉を上げたあと、手配書を眺める。

「……3000万ベリーか」
「初回の金額としては異例なのでは?」
「かもな」

クロコダイルは興味もなく手配書を手放す。ひらりと宙に舞った手配書をアスヒは捕まえて、再び手配書の束へと戻す。
鉤爪でぱらぱらと手配書を眺めたクロコダイルがふんと鼻を鳴らす。

「取っておく手配書とすぐに捨てる手配書があるようだが…、法則性が見当たらねぇな」
「あら? とってもわかりやすいものですよ」
「法則性はあるってか」

アスヒの言葉にクロコダイルは深く黙り込む。ぱらぱらと手配書を眺めるクロコダイルは、きっと法則性を探しているのだろう。
ただ、その法則性はアスヒしかわからないだろうけれども。

「………」

じとりと手配書を眺めているクロコダイルだったが、答えを言う気配はなく、微笑みを浮かべたアスヒが先に答えを口にした。

「簡単ですよ。顔が良いかそうではないか、ですから」
「全て捨てろ」
「冗談ですってば」

クスクスと笑って、アスヒは手配書を適当に机に置く。
不満そうなクロコダイルの横顔を見て、ふと思い至ったアスヒは小さく思いを呟いた。

「クロコダイル様の手配書を見たことがありませんわ」

王下七武海は元海賊の集まりだ。クロコダイルも海賊時代の時に発行された手配書があるはず。
元の懸賞金が8100万ベリーという話だけ聞いていたが、実物の手配書は見たことがなかった。

クロコダイルは幾分つまらなそうに吐き捨てる。

「何年も前から発行されてねぇからな」
「貴方様が七武海入りしたのはそれほど前の話なのですね」

クロコダイルについて深く知っているわけではないアスヒが、少し興味を持ったようで小さく頷きながらそう言う。

もう少し聞こうかと思ったところで、クロコダイルの表情が見えて、口を閉ざすことにした。彼は心底つまらなそうな顔をしていた。
今はまだ怒っているわけではなさそうだが、話を掘り下げていって不機嫌になられても困るのだ。

アスヒは手配書をしまって、歩き出したクロコダイルの背中を追う。

「俺の手配書は取っておくのか?」

ふとされた質問に、アスヒは思わず微笑みを零す。アスヒが特定の人物の手配書をとっておくのがよっぽど気にかかるらしい。
隣に並んだアスヒは肩を竦めてご機嫌そうににこにこと微笑んだ。

「取っておいて欲しいですか?」

意地悪にそう聞き返すと、やはりクロコダイルは面白くなさそうに舌打ちをした。

「可愛くねぇ女」
「まぁ。酷い人」



(笑顔の手配書)

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