『お出迎え』(6年目・原作)

屋敷の中を歩く。いつも厨房にいるコック2人も、アスヒの部下である使用人も、メイドも、今日は誰もいない。
静けさだけが包む屋敷の中をアスヒはひとり歩く。

用が済めばこの屋敷は今日明日にでも沈んでしまうのだろう。やっぱり少しだけ寂しくなる。ゆっくり見回りたい気持ちもあるが、彼女の仕事はまだ山積みだった。

裏口の扉を開ける前に軽く身なりを整えてから、扉を開く。見えた砂漠の遠くに大きな送迎用のカメであるバンチが走ってくるのが見えた。

出迎えのために待っていたアスヒは凛と真っ直ぐに立つ。向かってくるバンチはアスヒの姿を見るとゆっくりとスピードを下げて、がらがらと引いている車を彼女の目の前に停車させた。

アスヒが車に近づき、扉を開くと中から5人の男女が降りてきた。降り立つ人の中には、アスヒと直接あったことがあるMr.1とスパイダースカフェの女店主の姿が会った。
2人はアスヒの姿を見た時に微かに驚きの表情を浮かべる。

「……あんた」
「ここのメイド、だったのね」
「お久しぶりですね。Mr.1様。Ms.ダブルフィンガー様。
 …あの日のことは内緒にしてありますので、ご安心を」

綺麗に微笑むアスヒにMr.1とMs.ダブルフィンガーの表情が険しくなる。
Mr.1もアスヒがボス直属の部下だとは思ってなかったのだろう。もし直属の部下だとわかっていたら、アスヒを傷つけるだなんて危険なことをするはずがない。
彼らは顔を顰めたまま、アスヒの案内通りに裏口から中に入っていく。そして全員が大広間へと入ったあと、アスヒは座った彼らの目の前に飲み物を置き、最後に微笑みを浮かばせたまま声をかけた。

「こちらで暫くお待ちくださいませ」

ぱたりと扉を閉じて、短く息を吐くと、狙いすましたように隣にクロコダイルが現れた。

「何の話だ?」

現れたクロコダイルの姿にアスヒはぱちくりと目を瞬かせる。だが次に苦笑を零した。どこで盗み聞きをしていたのだろうか。

「聞いてたんですか。盗み聞きはよくありませんよ」
「何の話だって聞いてんだよ」
「以前、お手紙を届けた時に少々事があっただけですよ」

簡単に、何のことでもないかのように答えるが、クロコダイルが納得した素振りを見せることはなかった。

「Mr.1とか」
「たいしたことじゃありません。
 ……彼を罰したりしないでくださいよ?」
「たいしたことじゃねぇんだろ?」
「はい。たいしたことじゃありませんから」

苛々とした様子のクロコダイルにアスヒは微笑みを向ける。

Mr.1に手紙を渡した時に付けられた喉元の傷は、もうどこかわからないほどに綺麗に治っている。
咎める必要もないだろうと、アスヒはクロコダイルを宥める。が、クロコダイルは未だ不機嫌そうだった。

「……これからアイツらに話をしてくる。てめぇはここで待ってろ」

さらりと砂になり、扉の隙間に消えていったクロコダイルを見送って、アスヒは深い溜息をつく。

「……まだ、御預けか」

いつまでたってもBWの計画の全貌を知らないアスヒ。
このままでは本当に何も知らないまま事が進んでいくのだろう。

クロコダイルはBW関連の話をアスヒにする気はないのだろうか。
今朝、寝起きにクロコダイルが『Mr.0』と呼ばれているのだということを聞かされ、少しは期待したアスヒだったが、このまま杞憂に終わってしまいそうだ。

(………別に、知らない訳じゃないけど)

アスヒは小さく溜息を零して、流れてきた髪の毛を耳にかけ、大広間から離れてキッチンへと向かう。

直接、クロコダイルの口から聞きたかったのに。
そんな不満ごとは内に秘めたまま。

彼女は未だ、メイドのままだった。


(お出迎え)

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