銀河鉄道の夜

銀河鉄道の夜

ジョバンニとカムパネルラがもう会えないことを知って泣けるようになったのは大人になってからだった。子供の頃は意味をよく理解できなかった童話。子供用に改編された読みやすい文章は当時小学生だった私の頭の中に留まることなく流れていった。
この話を楽しめるようになったのはつい最近だ。銀河のお祭り、白鳥の停車場、サウザンクロス。大人になってしまった心では作ろうとしても作れない造語の数々を噛み締めるように味わう。

滑り落ちることなく胸に留まった最後の一文を読み終え本を閉じる。静かな余韻を残して、文章は私の心を傷つけた。漣のようにじんわりと痛みが広がる。本をテーブルに置いて、余韻に浸るかのように部屋の天井を見上げた。
がらりとベランダの戸が開いて、背中を向けて出ていく姿を見る。洸太郎だ。本好きの私たちはお互いの好きな本を貸し合うたびに惹かれいった。さも当然かというように。洸太郎は今、私の家のベランダでタバコを吸っている。春が近づけどまだ外の気温は肌寒い。その背中を追って私も外に出る。洸太郎にとって予想外のことだったのか、再び開いた戸の音を聞いて振り返る。

「さみいぞ、部屋に居ろ」
「たまには付き合うよ」
「吸わねえくせに」

ベランダの手すりに寄りかかりながら、私にかからないように洸太郎は煙を吐き出した。空中に溶けてしまった煙はもう跡形もない。そこに確かにあったという記憶だけを残して消えてしまった。
私はふとある1曲を思い出す。喫煙者のシンガーソングライターの歌だ。洸太郎の隣に並んで口ずさむとご機嫌だなと笑われた。

「ベランダでタバコを吸っていて、吐き出した煙が空に登っていくのを夜汽車のようだって表現した歌手がいるの」
「随分詩的だな」
「私もそう思う」

消えてしまった夜汽車。先程まで読んでいた話を思い出す。

ジョバンニとカムパネルラはもう会えない。
もう一度会いたいと願っても叶わない。
大切な人が死ぬということを、私はまだよく理解できない。寂しいことだとは思うけれど、その時になってみないとわからない。

「読み終わったのか」
「うん。ジョバンニとカムパネルラにはなりたくないなあって思った」
「なんだそりゃ。俺もなりたくねえし、ならねえよ」

少しだけ笑いながら、洸太郎はまた空に夜汽車を走らせる。星の川を渡って消えゆく思いは、いつまでも風化しなければいい。何よりも大切なこの時間を忘れてしまわないように、部屋に入ったら暖めあって眠ろう。それだけは、今ふたりにわかる、ほんとうのさいわいだ。