カゲに借りたノートを教室に忘れたのと、その教科が明日小テストをすることを思い出し、任務を終えた足で学校へと向かった。放課後の夕日色に染まった校舎に入ることも、部活動をしている同級生を見かけることも滅多にないので新鮮だと感じる。朝とはまるっきり色の違う昇降口で、上履きを履き替えた。
明日小テストってことは、カゲんちにノートを届けに行かなきゃいけないだろうか。いや、勉強しないだろうなあいつは。一応連絡だけ入れておこうと携帯を取り出し連絡先を探しながら教室へと向かう。
放課後の校舎内は当たり前だが閑散としている。吹奏楽部の練習音がどこか遠くから聞こえてくるが、人気も話し声も近くにはない。
教室のドアへ手をかけたところで、中から音がするのに気がついた。窓から様子を窺うと、同じクラスの―あれは、多分、みょうじさんだ。みょうじさんが、ギターを持って、譜面台を見ながら歌っている。
教室に入るのをためらったのは、邪魔をしたくなかったのと、その表情に見入ってしまったからだ。
楽しそうだ。そんな簡単な言葉しか思いつかなかったけれど、とにかく楽しそうで、クラスメイトなのにまったく知らない人のようだった。
みょうじさんが演奏している曲は聞いたことがなかった。知らない歌だけれど、キャッチーなフレーズとみょうじさんの声がよく合っていて、彼女自身の歌だと言われてもおかしくない。不思議な感覚だ。
歌い終わったのか、余韻に浸りながら弦を撫でるように弾いているみょうじさんを見て、自分が何をしに教室に来たかを思い出す。邪魔にならないといいけど、と思いながら、教室の戸を引いた。
「…村上くん?」
「悪い、邪魔してごめん。忘れ物、取りに来たんだ」
「ああ、うん。もしかして、待ってた?」
少しだけ。そう伝えれば、ほんのちょっとだけ照れたような顔をして、みょうじさんはギターを下ろした。自分の席まで向かって、カゲから借りたノートを取り出す。あとは帰るだけ、なのに、少しだけみょうじさんと話してみたいと思った。視線をみょうじさんに向けると、彼女は大きく背伸びをしているところだった。
「吹奏楽部、だったんだ。」
「違うよ、吹奏楽部じゃなくて軽音楽部」
「軽音楽?」
「影薄いよね、うちの部活。簡単に言っちゃえば、バンド活動とか、する感じなんだけど」
同じクラスだけれど、あまり話したことがなかった。もしかしたら、今この会話が初めての身のある会話かもしれない。みょうじさんは手に小さな機械を持って、一度下ろしたギターをまた手にとって、弦を弄る。ひとつひとつ音を確かめるように奏でるその手つきがとても綺麗だと思った。
「文化祭で演奏するんだ。3年生だから、最後だし」
「うまく行くといいな」
「うん。頑張るよ」
なぜか名残惜しい気分になったけれど、みょうじさんの練習の邪魔をしたくないので、簡単に挨拶をして教室を出る。クラスメイトの知らない一面を見て、少しだけ心が揺れて―これは感動なのだろうか。他に何て言うかはわからないけれど、また、彼女がギターを演奏しているところを、見たいと思った。