高校が終わり、ランク戦をしようと本部へ向かう。穂刈は午後から任務でいないし、カゲは午前中任務だったはずだが高校に来なかったのでそのままサボっているんだろう。
季節は夏に入った。日差しがジリジリと肌を刺して、額に軽く汗が滲む。まあ、ボーダー本部内は涼しいだろうから。そう思いながら足を進めた。
エレベーターを降りるとすぐに見覚えのある二人が見えた。声をかけようと近づくと、なにやら揉めているようだった。呆れたような声の穂刈にカゲが苛立っていた。
「おい、返せよ、俺のノート」
「んなもん学校だわ」
「使うんだよ。小テストあるだろ、明日」
「押し付けたのはおめーだろ。俺が使うと思ったんかよ」
ここ連日小テスト続きなのは試験が近いこともあってだった。ノートを貸したのはカゲの成績を穂刈なりに心配したんだろうか。確かに使うとは思えなかったけど、俺でもそうしたかもしれない。
近づくとカゲが振り向いて、つられて穂刈もこちらに視線を向けた。
「俺が、取りに行こうか」近づくなり呟いた。そう言うか迷う前に言葉が出てしまったのは、また教室で、一人練習しているかもしれない誰かの姿が頭に浮かんだからだった。
「は?」
「正気か?鋼は関係ねーだろ」
「ちょうど、用事があるんだ」
俺がノートを取ってこようかと言うと、カゲと穂刈は目を丸くした。それもそうだ、俺にはまるで関係のない話なんだから。カゲが「おめー来たばっかりだろ馬鹿」と悪態をついたので、少しだけ笑った。嘘は苦手だ。そうだ、本当は、またみょうじさんが教室で練習しているような気がして、それを少しだけ期待したんだ。
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前より周りの景色に目もくれず、教室へまっすぐ向かう。彼女はまた練習しているんだろうか。ひとりぼっちの教室で。どこかから聞こえてくる吹奏楽部の練習の音に、背中を押されるようだった。
教室の前まで来てから、この前よりも静かだと気付いた。もしかしていないのかもしれない。少しだけ残念に思いながら、それはそれでいいかと教室の戸を引いた。
「あれ、村上くん」
「みょうじさん」
いないと思っていた人物は、ちょうど戸の影になる辺りにしゃがんでいた。死角で見えなかっただけか。みょうじさんは四角い黒いスピーカーのようなものを弄っていた。
「また邪魔しちゃったかな」
「ううん、少し休憩してたからいいの」
邪魔したか、なんて白々しくて自分で自分に笑ってしまった。でも、また居た。立ち上がったみょうじさんはこちらに笑みを向けていた。
「またノート取りに来たの?」
「ああ、俺のじゃないんだけど。穂刈がカゲに貸したやつ」
「穂刈くんが、影浦くんに…?」
「いや、何でもない。忘れて」
変な話だ。この話はいい、きっと意味がわからないだろう。俺もよくわかってないし。カゲの席に向かって置き弁の中から穂刈のノートを探し当てると、自分のカバンにしまった。
これで用事は終わり。また本部に戻らなきゃいけない。でもその前にまたみょうじさんの歌声を聞きたかった。
みょうじさんはスピーカーのセッティングが終わったのか、ギターを持ってチューニングをしていた。
「そのスピーカーみたいなやつって」
「これ?アンプだよ」
「アンプ?」
「そう、簡単に説明すると、これにギターを繋ぐと大きい音が出る」
そう言ってみょうじさんは繋いたばかりのギターの弦を弾いた。前に聞いたときよりも大きい音がなって、肌に振動を感じた。そういえば、こないだ初めて近くで聞いたギターの音は想像より小さくて驚いたことを思い出した。
「ギターはね、アンプに繋がないと大きく響かないんだよ。だからこれもギターの一部ってくらい大切なの」
楽器演奏したことが無い人には馴染みがないかもしれないけれど。そう言ってみょうじさんは笑って、手癖のままギターを掻き鳴らした。彼女の演奏が肌の上を駆け回るかのように、鳥肌が立った。
「なんか、うまく言えないけど、いいな」
「そう?」
カゲも、穂刈も知らない、きっとクラスメイトも多くは知らない、みょうじさんの姿。もう少しだけ胸のうちに留めたくて、何かもわからない約束を勝手にした。