お金が減ると人間こうも荒んでしまうのか。呻きながら残金が少なくなった通帳をぶん投げたら、壁に当たって力なく落ちていった。八つ当たりされる通帳だって嫌だよなあ。でもお金がないのが悪いのだ。
ぐでっと床に寝転がる。もう暑いし、夏だし、毛の長いラグをしまいたいが新しいラグを買う余裕もない。
「税金めぇ…」
20歳になると年金やらなにやらでお金がかかる。生きていくのがこんなに大変だとは。我が家は寛容であり悪く言えば無頓着なので、自分で稼いだお金を自らの小遣いや税金やなにやらに使うこと、とボーダーに入隊したときに親から誓わされた。あの誓いをなくしたい。切実に。
ボーダーで働いてお金が貯まったらひとり暮らしをしたいなと考えていたのに、それどころじゃない。目の前の生活を何とかしないとジリ貧で死んじゃう。
というわけで。
名前、バイトを始めます。
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巷で噂のタピオカのキッチンカーが私のバイト先だ。夏になったしキッチンカーって暑そうだから嫌だなあと思っていたんだけど、車内に冷房を完備しているらしい。そしてレジ専門と書いてあったので外に出なくて済む!涼しいやつだ!とすぐにバイトに応募した。ラッキー!めっちゃキッチンカーの中涼しい!
そんなことはなかった。キッチンカー車内めっちゃ暑い。気持ちばかりの風がレジ横に設置してある扇風機から出ているがめっちゃ微風。暑い。暑い時期の微風はもはや逆効果。こんなの冷房とはいわない。そう、名字名前、騙されたんだお前は。
蒸している車内の中でせめて涼しさを感じようと店のロゴが入っているTシャツの裾をぱたぱたとはためかせた。
「名前さーん」
「えっ!今ちゃんと国近ちゃん!?」
次のお客様ーお待たせいたしましたー!と声をかけると、レジ前に並んだのは見知った顔の二人だった。向こうも私がいるなんて知らなかったようで、お互いに顔をまじまじと見つめる。口を開いたのは国近ちゃんだった。
「名前さん、バイトしてるんだ〜」
「そ、そうなの!昨日からね!二人はこのあとボーダー?」
「いや、今日は普通に遊んでて」
私は高校生っていいなあ…とオバサンみたいな返事をしてしまった。やめて!私は二年前高校生だったんだから!でも現役のふたりはまぶしくて、本当に可愛い…。
バイト中だったことを思い出し、慌てて接客を始める。
「ご注文はお決まりですか?」
「オススメってありますか…?」
「オススメはー、この期間限定のいちご味のわたあめ乗ってるやつで――ねえ何で国近ちゃん爆笑してるの」
「名前さんがバイトしてる…敬語…」
クスクスと笑みが抑えきれなかった国近ちゃんはもう駄目だと言わんばかりに顔を背けて手で覆っている。可愛い。今ちゃんは国近ちゃんの背中を叩きながら失礼でしょ!と言ってくれた。優しい。
「じゃあその、オススメのふたつで」
「かしこまりました―…大丈夫?国近ちゃん笑いすぎて死なない?」
「だって名前さんがバイトしてるの面白いから悪いよ〜」
もう私のバイト中にこの道通りかかるだけで国近ちゃん笑い転げて死にそうだな。太刀川、引取ってくれ、頼んだ。
会計をしてタピオカミルクティーを手渡すと、女子高校生たちはすぐさまスマホをいじってカメラを起動した。インカメラのようで、国近ちゃんが構えたスマホに私もフレームインする。
「撮るよ〜」
「撮るの!?私バイト中だよ!?」
「いいからいいから〜」
「あっ待って!撮ってもSNSとかにあげないで!洸太郎くんにはバイトしてることは話したけど、どこで何するって言ってないからお願いだから話さないで恥ずかしいから」
「フリですか?」
「今ちゃん!フリじゃない!!」
「じゃあ太刀川さんに伝えとくね〜」
「この世の終わり」
「はいチーズ」
ああ無情。間抜けな顔した私とタピオカミルクティーを持った可愛い二人が写る画像がこの世に爆誕した。何卒…どうかバイト先バレだけは簡便…と心の中でお願いしたが国近ちゃんの「太刀川さんに送っちゃった」という一言を聞いて卒倒してしまった。もう駄目だ。
後日冷やかしの太刀川と、何も知らないで連れてこられた洸太郎くんがタピオカを買いに来て私とご対面――になるかと思いきや、なんとバイトしていたキッチンカーが保健所に無許可で営業していたとのことで摘発されてしまった。そんなことある?せっかく始めたバイト、働いて3日目で店が潰れるって何?
太刀川にクソほど爆笑されてタピオカさん太郎という不名誉なあだ名をつけられたしな。許さねえよ。
バイト代がもらえないまま店長は消え去ってしまったと洸太郎くんに泣きついたら次に流行るであろうチーズタピオカミルクティーをご馳走してもらえたので、まあ、これはこれでよかったと締めくくることにする。ジリ貧なことには変わりないけど。
タピオカはじめました