穀雨

穀雨:穀物をうるおす春の雨。田植えの準備が始まり、牡丹や藤が花開く。



 春の和菓子は、意外とメジャーになっているものが多いと思う、よもぎ餅や三食団子は代表格だし、ここ数年春になれば桜餅が関東風か関西風かで話題になる。
 話題になるのは良いことだ。知ってもらえれば、見てもらえる。見てもらえれば、選んでもらえる可能性が高まるのだから。


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 2週間ぶりにフミがやって来た。今年は余裕があるんだなあなんて他人事ながらに思いながら、季節のお菓子とお茶を出す。

「今年もまあ我が強いのが集まってるんだよなあ。おもしれーのが集まってる……って話はしたっけ」
「この間来た時に。でも、それをフミが言うの?」
「ハハッ。まあ1年のときの俺ほどじゃねーかもしれないけどな」

 そう話す彼は相変わらず楽しそうで……本当に、スケジュールも心理的にも余裕があるのだなあと去年との違いに驚いてしまう。
 年下でありながらもキラキラした世界へわたしを連れて行ってくれる存在だったフミは、ユニヴェールに入ってからより一層『何者にも負けない』『負けたくない』と強い瞳で輝いていたけれど、彼が2年になってから……もしくは、至宝がいなくなってから、どこか遠くに行ってしまったような感覚は今もなお変わらず心の片隅にこびりついている。

「けどさ、周りを見れるやつが何人かいて。その一人がまた上手いこと周りを誘導すんの」

 配役決めで即興劇をやらせたら良いのが見つかった。これから仕込んでいくのが楽しみだと笑う姿はこれまでみられなかったものだ。元々視野が広く、察しも良く、そして明るく人を導けるフミはきっと今『良い先輩』をしているのだろう。
 いいなあ、と思った。彼のそんな姿を、間近で見ていたかった。

「そいつ、新人公演のアルジャンヌなんだよ。久々にミツレベルのジャンヌなんじゃねえかな」
「ミツ……ああ、トレゾールの?よくロードナイトに取られなかったね」
「あれはこれからも欲しがられそうな気がするけどな……。とりあえずこないだ景気づけに草モチ食わせてやった」

 新人公演は比較的余裕があるからいまのうちになーとお茶をすするフミを見ていれば、ふと先週の光景を思い出す。フミの隣にいた、小柄で線が細く綺麗な顔をした女の子……否、いまの話からすると後輩の男の子。
 見かけた光景を告げれば、それだと肯定が返ってくる。

「ん。たぶんその隣にいたやつ。……なんだ、見てたのか?店にいなかったけど」
「ちょうど奥で作業してたの。かわいい子だったから女の子かと思ってびっくりしちゃった」

 確かに女の子にしか見えなかったし、正直に言えば彼女なのではと気兼ねして声をかけそびれたところはある。さすがはユニヴェールのジャンヌだなあと思い返していれば、きょとんとしたフミの顔が目に入りわたしも同じ反応をしてしまう。フミがそんな顔をするなんて珍しい。
 しばらくすれば、一人で何かを納得したようで頷きはじめてしまった。そうなんだよなあ、なんて笑われてもユニヴェール内のことはわたしには分からない。

「……?なに、ニヤニヤして」
「いや?なんでもねーよ。クォーツ期待の新人アルジャンヌなんだ、もし見かけたらよろしくしてやって」

 ミツもそのうち連れて来れっかなあ。そう楽しそうに考えはじめるフミに、ジャンヌ御一行様のご来店おまちしておりますと笑いかけた。
 春が終わり、夏が来る。