夏至

※6/14 中小路転科イベント

夏至:昼の長さが最も長くなり、暑さが増していく。アヤメなどの夏の花が盛りとなっていく。



 フミさんが先手を打って逃がしてくれたから、休日まで転科の話をされることは避けられた。それでも、せっかく外に出たのに気持ちはどこか沈んでいくような気がするし、逃げたところで行く場所も決まっていない。心も身体も居場所すらも、行き場がないというのは一人で抱えるには少し重かった。
 どうしようかなあ。玉阪坂の方に戻ってもいいけど今日は誰かに会いそうな気もするし。このまま中小路を歩き続けていても道が入り組んでいるから迷ってしまいそうだし。

 ユニヴェールに帰るしかないかな、と行先を変えようとしたときだった。

「ちょっと待って、クォーツの新人アルジャンヌさん」
「は、はい!」

 女性の声に振り返れば、お店の前で女性がにこにこと手招きしていた。自分の配役を知っているということはユニヴェールフォロワーなんだろうな、と思い挨拶しようと足を踏み出したとき、この場所の心当たりに気付く。

「あ……和菓子屋さん」
「はい。以前に高科さまとおいでいただいて」

 草モチの、と続けばはっきりと思い出すことができた。あれは新人公演の稽古が本格的に始まった頃で、立ち稽古前の台詞入れに苦労していた頃だ。休日になんとなく中小路に来たら、フミさんと会ったんだっけ。

「実は私、高科さま……更文さんの友人で」
「フミさんの?」
「はい。先ほど、もし後輩が来たらよろしくしてくれと連絡があったんです」

 もしよければお茶でもいかがですか?と微笑まれた私は「ぜひ!」と即答していたのだった。


***


 少し奥まった、人の目に付きにくいであろう席。フミさんがどこまで説明しているのかはわからないけれど、わざわざここに通してくれたんだろうなということはなんとなくわかる。慣れないお店にそわそわしていれば、先ほど自己紹介をしたばかりのナマエさんが「お待たせしました」とお茶だけでなくお菓子も運んできてくれた。
 出されたのは小豆の乗ったお餅にも羊羹にも似た和菓子。

「えっ、まだ注文も……」
「水無月っていうの。試作品で申し訳ないんだけど、是非食べてみて」
「い、いただきます」

 口に運べばもちもちとした食感と優しい甘みが広がる。思わずほっと息をつけば、ナマエさんはにこりと微笑んだ。

「本当は邪気払いと息災願いを込めて月末に食べるものなんだけどね。お口に合えばいいんだけど」
「美味しいです。なんだか安心するっていうか、落ち着く感じがして」

 ジャック転向。掴めない役柄。転科騒動。個人賞のプレッシャー。そしてなにより、ユニヴェールにいるための条件。
 固まってものが少しほぐれたような、ようやく呼吸ができるようになったような、そんな心地がしてゆっくり大きく息を吐いた。新人公演であんなに晴れやかな気持ちになったのに、いつの間にこんなに気負ってしまっていたのだろう。
 ゆっくりと、一口一口を大切に食べる。お茶とお冷までしっかり飲み干して一息ついていれば、お茶を持ったナマエさんがお店の奥から戻ってきた。

「希佐くんの邪気、少しは払えたならいいんだけど」

 微笑んだままどこか心配そうにこちらを見る目がどこか継希にぃと似ていて。気がついたときには、誰にも明かしていなかった弱音がぽろりとこぼれていた。

「少し……疲れてしまっていたのかもしれません」
「そっか。慣れないなかで主役を演りきったんだもの、お疲れ様」

 『不眠王』素敵だったよと微笑みながらお茶のおかわりを注いでくれたナマエさんは、失礼しますと向かいの席に腰かけた。
 わたしが聞いてもいい話?こくりと頷いてお願いしてもいいですか、と逆に問えばにこりと笑みが返される。

「方向性で、すこし悩んでしまっていて……」
「そう。……それは、仲間に話して解決すること?それとも、あなた自身か……もしくは外部要因でしか解決できないこと?」
「私が決めなければいけないことなんです。でも、私だけでは決められないこともあって、私の知らないうちに決められてしまったこともあって、」

 ぽつぽつと吐露した言葉は、それでも確信に触れていないから何も分からないものだったと思う。それでもうん、うん、と静かに聞いてくれていたナマエさんは、私の言葉が途切れたタイミングで唐突に話しはじめた。

「もうすぐ夏至っていって、昼の時間が一番ながくなる日が来るんだけど」
「…え?」

 そこからどんどん暑くなって、植物や生き物が一番成長する季節が来るんだよ。だからきっと希佐くんも、ここからどんどん大きく伸びて大きな花が咲くんだろうね。
 華。ユニヴェールで輝くために必要なもの。フミさんや継希にぃが持っているもの。
 ――私が入賞するためにきっと必要なもの。

「咲くまではどんな花になるかなんて誰もわからないの。だから好きにしていいし、迷ってもいいし、誰かに選んでもらえたならそれに乗ってみるのも一つの道なんじゃないかな」

 無責任でごめんね、と笑うナマエさんに大きく首を振った。

「そんなことないです!あの、ありがとうございました!」

 向井という役はまだ掴めない。転科の問題も、個人賞のプレッシャーも変わっていない。それでも、前が開けて明るくなったような気がした。歩き出せる。夢見るユニヴェールの舞台に向かって。
 また来ていいですか、と顔を窺えばナマエさんは少しきょとんとした後「是非」ふわりと微笑んでくれた。



「そうそう、来月になったらこのあたりの軒下で朝顔が沢山咲くの。品評会なんだけど、練習の息抜きに良かったら見に来て」
「……はい!」