じりじりと焼かれるような暑さが続いている。
主様は「夏休みのために頑張る!」と意気込んで早々に帰ってしまったので、屋敷は穏やかに次のお出迎えのための準備モードだ。暑さに耐えながら一通りの雑務を終えたところでふと足を向けた森の中は外よりも涼しく感じられ、わたしは誘われるように奥へと歩みを進めていた。
少し開けた場所にある、他より一回り大きな樹。その前には先客が座り込んでいた。
「アモン、何してるの?」
「ナマエがこんなところに来るの珍しいっすね」
休憩っすよ〜とひらひら手招きしてくれるので、そのまま彼の傍まで歩みを進める。辿り着いてみればなるほど確かに休憩するには適した場所のようだった。
強い陽光は遮られキラキラと輝く木漏れ日に変わり、吹き抜ける風は爽やかで涼しい。
これは良い場所だなと感心したとき。ふぁ、とあくびが漏れて慌てて口元を押さえた。
バッチリ目撃していたらしいアモンの表情がみるみる楽し気な笑顔になっていく。
「ナマエはいつも頑張りすぎ。一緒に休憩しましょうっす」
お昼寝するならちゃーんと起こすっすよ。
満面の笑みで手を引かれてしまえば抗うことは難しく、せめてもと呆れた表情を作る。
「サボり仲間が欲しいだけなんじゃないの?」
「素直じゃないっすねえ。ま、そういうことにしておいていいっすよ」
悪戯っぽく笑うアモンに、こちらもわざとらしくため息をひとつ。すぐに二人とも笑いだして、今度は引かれるまま素直に腰を下ろせば森の匂いが強くなる。伸びをしながら大きく息を吸い込めば、そのなかに土と植物、それから花の甘い香りが混ざっていることに気がついた。
ほんの少しだけ、彼に身体を寄せる。
「……アモンの香りがする」
「えっ。汗臭いっすか?」
「ううん。落ち着く」
紅茶の香り。薬品やインクの香り。リネンの香り。執事たちはみんな様々な香りを身に纏っているけれど、この自然を優しく詰め込んだ香りはアモンだけのものだ。より香りを感じたくて、そっと瞳を閉じる。
隣で身動ぐ気配がしたと思えば、するりと頬に手が添えられた。心地よさにすり寄れば、目の下を優しく指が撫でていく。
「……隈、できてるっすよ。ちゃんと寝れてないんじゃないっすか」
「ん……そうかも」
「今だけは休んでくださいっす。ちゃんと、起こしますから」
潜められた声が心地よくて次第に気が緩んでいく。添えられていた手がゆっくりと頬を撫で、それから、唇に優しいものが触れていった。
程なく眠りに落ちたわたしは気付かなかったのだ。
触れたやさしさの正体も、アモンの耳が彼の育てるバラのように赤く染まっていたことも。