はるがすみ
[二]倉庫
It's my first time to..#1(PP/佐狡)
学業に励む生徒達が一様にデスクに向かい、手元の端末に指を滑らせている。
あらゆる資料や書籍が電子化され、ほとんどの学校で図書館と呼ばれていたスペースが単なる学習室となった今、ここ日東学院もその例にもれず生徒たちが集うこの場所に本棚はない。
その様な中では珍しく、一人紙の本を広げている男子生徒がいた。短く切られた黒髪にすっきりとした顔、体。古風な読書をするその横顔は涼しげで、その生徒の周りだけ他とは異なる時間が流れているようにさえ感じられる。
その彼の元へ別の生徒が近づき周りに配慮するような小声で声をかけた。
「コウ。」
「ギノか。どうした、こんなところに。」
コウ、と呼ばれた生徒――狡噛慎也は、読んでいた本からすっと顔を上げて話を聞こうと自分の前に立つ生徒を真っ直ぐに見つめた。読書を中断されたことに怒る風でもなく、だがしかしすぐにでもそれに戻れるよう手元の本を離さないままでいる。
その視線を受けた宜野座伸元も、さして気にする風でもなくその場に立ったまま用件を告げる。
「支主がお前を探していた。」
「支主が?…またか。」
「20時までなら構内にいるそうだから、時間があるなら連絡してほしいと。」
そういって宜野座は狡噛にメモを渡す。そこにはどうやら支主という名の生徒のコールナンバーが記されているようである。
「あのなぁ…ギノ、前にも言っただろ。必要以上の奴に連絡先は教えないって。」
「それは知っている。だが頼まれた以上、とりあえずはお前に伝えておこうと思ったんだ。」
そこまで言ったところで宜野座はようやく狡噛の向かいの席に腰掛ける。狡噛がメモを受け取らない事は想定内だったようで、行き場を失ったそれを小さく畳んで鞄にしまう。
「相変わらだな、お前のその律儀さは。そのメモもどうせ支主に返すんだろ。」
「そこまでするか。これは後で適当に処分しておく。…学年一位は苦労するな。」
「そっちだって支主には結構気に入られてるだろ?ギノ先生。」
「お前は…それは本気で言っているのか?」
「違うのか?」
他の生徒が時折用いる渾名でからかってみせた狡噛に宜野座はため息を吐く。それは自分をからかったことではなく支主が自分を気に入っているという発言に呆れている風だ。
目の前のこの少年、というにはいささかしっかりし過ぎている彼は学院始まって以来の秀才として望むと望まざるに関係なく有名な生徒であった。それ故に同期生はもちろん、後輩や、最高学年となる以前は先輩、果ては教師からも様々な感情を向けられてきた。普通ならトラブルに発展することもあるだろうが、その辺りは人付き合いに関しても要領のいい狡噛である、これまでは上手くやってきていた。
しかし卒業まで一年を切った今になって、一人の同期生にやけに執着されるようになった。
支主一之(きす かずゆき)、先ほどのメモの送り主である彼は、狡噛と同じ社会心理学科に在籍する二人の同期生だ。試験においては常に上位に入り、同じく成績上位者である狡噛や宜野座と共に入学当初から教師の期待を浴びる生徒だった。
「あいつはお前にしか興味を持っていない。一目瞭然だと思うが?」
「そこがわからん。研究内容から言ったらお前とのほうが分野は近いだろ。もし俺が支主だったら間違いなくお前に相談するけどな。」
「・・・。」
またしても呑気な発言をする狡噛に宜野座が冷たい視線を向ける。何事も自分よりうまくこなしてしまうこの友人は、自身に向けられる感情には鈍感なところがある。いや、鈍感になった、というべきか。その一点が宜野座にとっては心配の種であり、周囲に対してつまらなそうにする狡噛が自分とは友人としての付き合いを続けてくれているという意味では喜ばしい点でもあった。
「というかお前、用件はそれだけか?」
「伝えなければいけないことはこれだけだが…もしお前がもう帰ると言うなら夕飯でも付き合おうかと思って来た。」
「珍しいな、お前から誘ってくるのは。」
狡噛と宜野座は二人とも親元を離れ一人暮らしをしている。それぞれ部屋に戻ればオートサーバーによる食事も可能であるが、互いに数少ない気の合う友人として、時間が合えばどこかの店に入り二人で食事をすることも多かった。
普段は生真面目な宜野座を狡噛が外に連れ出す場合がほとんどで、宜野座から食事の誘いがあるのは何かしら狡噛に対して含むところがある時だった。
「そういうことなら付き合うぜ、ギノ。」
真面目の塊みたいな友人はだからこそか解りやすく、そんな友人からの誘いなら断る理由はなかった。もう少し読み進めようと思っていた本を迷わず閉じた狡噛は、さっさと立ち上がった宜野座の後についた。
学習室から共に出ていく自分たちの様子を、廊下の端から支主が見つめているのも知らずに――。
(#2へつづく)
ALICE+