はるがすみ
[二]倉庫
It's my first time to..#3
何棟もの木造の建物が並ぶ区画。かつては個人所有の倉庫として使われていたが、現在では人気もなく風雨にさらされボロボロになった姿を見せるばかりである。
狡噛はそのいくつもの倉庫の前を走る。さほど広い敷地ではなかったのか、すぐに支主が指定した最奥の建物へとたどり着く。狡噛はその前で一度立ち止まり息を整えると、目の前の扉を開いた。
「支主、いるのか?言われた通りに来たぞ!」
「やぁ、狡噛君。」
入口からちょうど反対側。放棄された資材や物資の陰から支主がゆっくりと姿を現す。狡噛は周りに目を配りながら慎重に支主へと近づいていく。
「ギノはどこだ?」
「彼は別の倉庫にいるよ。逃げられないよう知り合いに見張ってもらってね。そんなことより…来てくれて嬉しいよ、狡噛君。」
見たところ支主は一人のようだった。宜野座がこの場に居れば支主を出し抜いて場を離れるつもりだった狡噛だが、彼の姿はなく、仲間がいると言う以上一人である狡噛が下手に動くのは得策ではなかった。
「こんなことをして、何が目的だ。お前は自分が何をしているかわかっているのか?下手したら退学処分が下されるぞ。」
「いいんだ。僕はもう、学校なんて場所には戻らない。戻らなくていいんだよ。今ここで君を手に入れる。それさえ叶えば僕の生は満足するからね。」
「何…?」
何かにつけエリート指向だった支主の言葉とは思えない回答。今の時代、理由にもよるが一度高等教育機関を退学させられると別の教育機関に入り直すことは難しい。それ以前にいま支主がやっていることは立派な犯罪ではないだろうか、狡噛の中の不安が大きくなっていく。
「狡噛君。君はすごいよね。どんな試験も常に学年一位、いや、君ならもしかすると全国一位になってしまうかもしれないね。…僕がどんなに頑張っても君に大差をつけられた二位に入るのがやっとなのに。」
そこで一度言葉を切った支主はどこか諦めたような表情で傍に積まれた段ボールをなぞる。しばらくそうしてからふと狡噛に視線を向けると、昔を懐かしむ顔を浮かべた。
「僕はね、中学時代はいつも一番だった。勉強だってスポーツだって。だから日東に入ってからもその座は僕のものだと思っていた。なのに…」
「そんなことは俺に吐き出したってしょうがないだろ。こんなことをする暇があるならもっと努力すればいい。俺は別に学年一位とか、そういう場所にこだわりはない。本当にお前がその座を望むなら、俺から奪えばいい。お前はただ悔しいだけなんだろ?」
「そうだね、もちろん悔しいさ。自分が一位の座につくことができなくて。だから君に対して抱く感情も始めは憎しみだけだったんだよ。君は一体何なのかって。だって僕より上の人間がいるわけがないんだから。」
「馬鹿なことを…」
狡噛は支主の言い分に呆れる。真面目に勉強に励んでいるものだと思っていたのに、とんでもなく自己中心的な思考の持ち主だった。
「そしてある時気づいたんだ。君こそが唯一僕と並び立つにふさわしい存在なんだって。それに気づいた時の気分の良さといえばなかったよ。…まさに愛憎のアンビバレンスだ。」
「っ…!」
ここにきてようやく狡噛は、宜野座が自分に伝えようとしていたことが何だったのか理解した。恐らく宜野座は支主の感情にうっすらと気づいていたのだろう。だから狡噛に支主には気を付けるよう告げようとしていた。
自分はなぜそれが分からなかったのか。それにきちんと気づいていれば今こんなことにはならなかった、宜野座を危険な目にあわせることはなかったのにと、狡噛の胸に後悔と怒りが広がる。
「僕はいつでも一番じゃなきゃいけない。僕のすることは常に正しいんだ。だから君のように、僕が僕以上だと認める人がいるとしたらそれは、僕が手に入れるべき存在だ。」
「だとしたらこの社会にいる人間のほとんどをお前は手に入れないといけないわけか。」
「なんだと…!」
「そうだろう。こんな場所にギノを無理やり連れてきて、俺にも脅しをかけた。わかっているのか、これは犯罪だ。それのどこが正しい?お前は間違ったんだ。」
「違う!僕はいつだって正しい!君は僕といるべきなんだ!そう、あの宜野座君じゃない。僕こそが君にふさわしいんだ!」
狡噛の非難を受けた支主は怒りを顕わにする。そして自分の携帯端末を荒っぽく取り出すと、何か操作する。
「もしもし、僕だけど。眼鏡の彼、ちゃんと見張ってる?…あぁ、そうだよ。僕がメールしたら、そうだな、小指から順に行こうか。一本ずつ、そう…」
「支主!」
「メールするまでは待ってね。必ずだよ。それじゃあ今こっちも大事な場面なんだ。また連絡するから。」
そこまで言って支主は端末をしまい直した。
彼の穏やかならざる話に狡噛は青ざめる。自分のせいで宜野座に危害が加えられることだけはご免だ。そう思う狡噛の身体は自然と固くなり動けなくなっていく。そんな狡噛に満足したのか支主が勝ち誇ったように告げる。
「さぁ、こっちに来てよ。まずはもっと色んな話をしよう?その後でたっぷりと可愛がってあげるからね、狡噛君。」
狡噛の気持ちを表すかのように、倉庫の外はだんだんと暗さを増していった。
(#4へつづく)
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