はるがすみ
[二]倉庫

It's my first time to..#5


ドローンによる区画封鎖を完了させてから改めて情報を分析してみると、敷地内の倉庫二か所に人の反応が認められた。一方は三人、一方は二人。どちらも大した数ではない。
表示された情報を黙って眺めていた若い刑事が「俺こっちね。」と二人のほうを指さす。先ほどの護送車の中には見受けられなかったまた別の男――上司だろうか――が「指示は俺が出す」と言うのを一睨みすることで黙らせる。
そのやり取りに、やれやれといった風なベテラン刑事が疑問を投げかける。

「なんだ、少ない方でいいのか?」
「数だけが大事な要素ではない、ってね。勘だよ、とっつぁん。俺の鼻がこっちのほうが面白いって言ってる。」

男の勝手な行動はよくある事なのだろうか、上司と思われる男は指示を出すのを諦めたらしい。「問題だけは起こすなよ。」という言葉だけを告げてその男を送り出した。

そんな上司の言葉を聞いているのかいないのか、男は出動中の刑事とは思えない気楽さを漂わせ目的の倉庫へと向かっていった。

「えーっと、入り口は一つね。窓は上のほうに小さいのが何個かあるだけか。うん、やっぱりこれは正面突破だよな。」

問題の倉庫のすぐそばまでやってきた男は倉庫の状況を確認すると、満足げに頷いた。
中にいるのはたったの二人。踏み込んで、ドミネーターで制圧するだけ。ちょろいな、と呟きながらもそこはプロの刑事か。男は慎重に倉庫の扉を開けて中の様子を窺う。

「(対象は…一番奥にいるな。なにやってんだぁ?こっちには気づいてないみたいだが…。)

男は倉庫の奥、資材の向こうに二人の影を認め自分に気づいていないとわかると、彼ら公安の人間だけが携帯を許された裁きのための武器、ドミネーターを構えながら一歩ずつ近づいていく。入口からではわからなかったが距離が詰まるにつれて二人の男の息遣いが耳に入ってきた。

「(おいおい…。おいた中かよ。)」

ドミネーターの照準を合わせられる位置にまで来たところでようやく対象の状況を掴んだ。
捜索対象であった支主がもう一方の少年に馬乗りになって無理やりに服を脱がせたり体に手を這わせたり――それは一目でレイプ場面とわかるものだった。
組み敷かれている男が静かであることがいささか気になったが、刑事は迷わず支主にドミネーターの照準を合わせる。

『犯罪係数オーバー190。執行対象です。セイフティを解除します。』

「やっぱり小物か。」

刑事の呟きにようやくその存在に気が付いた支主が勢いよく振り返る。
しかし時すでに遅く、ドミネーターから放たれた光線が突き刺さると短く呻いたのち支主の身体は床に倒れた。

「執行かんりょー。おい、お前。大丈夫か?」

刑事が支主の身体を乱雑に脇にずらしながら少年に声をかける。着ている服はかなり乱されているが、ひとまずは無事のようだった。
少年は一旦深く呼吸をしてからゆっくりと体を起こすと自分の前に立つ刑事を見上げた。

「だいじょうぶ、です。あなたは…公安局の人ですか?」
「そ、公安の刑事。お前運が良かったなー、俺らが来るのがもうちょっと遅かったら最後までヤられてたぜ。」

刑事らしからぬはっきりした物言いに少年は瞳を大きくすると俯く。
どうやら学生らしい彼の様子を見て刑事は頭をかく。

「どっか縛られたり薬きめられたりもしてないみたいだけど、こいつに何か弱みでも握られてたわけ?」
「そうだ、ギノが…俺の友人が、別の倉庫に捕まってるはずなんです。」

その言葉を聞いた刑事は「あぁ。」と納得した風を見せてからニヤりと笑う。

「それなら安心しろ。そっちには俺の同僚が行ってるから。今頃はもう保護されてんじゃねーのか。」
「そうですか、良かった…。」

少年の心底安心した様に訳もなく興味をそそられた刑事は、改めてこの少年を観察した。
整った顔立ちに芯の強そうな瞳はどこか人目を惹きつける魅力があった。そして今は乱れてしまっているがきちんとした格好で、学生というならば割と真面目で優秀な生徒という印象を受ける。先ほどの話から友人を盾に支主に呼び出されたようだが、しかし、危機管理がなっていないのか友達想いが過ぎるのか、支主に言われるがままに動いてしまったのだろう。

「まったく。のこのこ一人で乗り込む奴があるかよ。お前、頭は良さそうなのにバカか?」
「…こんなことになるとは、思わなかったんです。」

シビュラが全国民のサイコパスを管理するこの世の中、犯罪は事前に防がれることが増えシビュラが確率される以前の社会以上に個人が犯罪に巻き込まれるケースは少なかった。

「ま、そうだろうな。お前みたいな普通の奴はまずこんな展開には思い至らないもんな。」

頭が良いからこそ自分の力で切り抜けられると考えたのかもしれない。無鉄砲ではあるが刑事はそんな人間が嫌いではなかった。

「…ところでお前、名前は?」
「狡噛です。狡噛慎也。」
「学生…だよな。そこの日東学院?」
「はい。」

今いる場所からそう遠くない所に高等教育機関があることを思い出した刑事が狡噛と名乗った少年に尋ねると、予想通り肯定の返事が返ってきた。
このような事件の場合、被害者である狡噛のサイコパスが悪化する可能性もある。年若い学生なら尚更そういった影響を受けやすいのが常だった。だが狡噛は特に取り乱すこともなく、今は刑事の問いかけに応えながら乱れた自分の服を直していた。

「今どきの奴にしちゃ肝が据わってる。」そう心の中だけで呟いた刑事は腕についた端末をチェックした。

「さてと。やっぱ向こうも無事に片付いたみたいだ。けどなぁ…お前の友達らしい奴はいないみたいだぜ。」
「え…」
「いかにも不良みたいな奴らが3人、たむろってただけみたいだ。その友達、本当にここにいるのか?」

刑事に問われ狡噛は自分が端末の電源を落としていたことを思い出す。急いでそれを起動させると同時に、宜野座からのコールが入った。

「ギノ!?お前いまどこ…」
[すまない!気が付いたら学習室で眠ってしまっていて…目が覚めてから何度もコールしたんだが、お前電源を切っていたのか?]

悪かった、今どこにいる?と焦る友人の声に暫し呆けた狡噛だったが、宜野座の身が無事だとわかると乾いた笑いを漏らした。
宜野座が約束もあるのに眠りこけるなんてまずありえない。支主が言っていた睡眠薬というのはあながち嘘ではないのだろうが、本当にここまで宜野座を連れてくるだけの度胸と手腕は持っていなかったらしい。

[何を笑っているんだお前は。]
「いや…何でもない。お前に何もないならいいんだ。」
[俺がなんだって…?]
「それより今日の夕飯はやっぱり部屋に戻って食べるよ。すっぽかして悪いと思うんなら適当に何か調達して、後で俺の部屋まで来てくれ。」

お前の奢りな、という狡噛に宜野座が非難を述べる前に通話を切る。先程以上に安堵してみせる狡噛に刑事の顔も自然と綻んだ。

「良かったな。」
「はい…。あの、本当にありがとうございます。」
「いいって、いいって。それよかもうすぐこっちに他の刑事が来るぜ。これ以上その有様を人に見られたくなかったら、早いところ家に帰るんだな。服は…汚れてんな、コスデバイス持ってるか?」
「帰っていいんですか…?」
「なんだよ、帰りたくないのか?」
「いえ、ただ、色々と話を聞かれるのかと思っていたので。」
「あー、そうだなぁ。まぁ保護した被害者の状況とかは報告しなきゃなんないけど…時間とられるぜ。面倒だろ?お前の名前は聞いて身元も確認できるし、後は俺が適当に報告しとくから。」
「はぁ…」

適当に、と言う刑事の言葉に狡噛は困惑する。

「あ、それともあれか。もしかして色相濁っちゃった?一応被害者へのセラピープログラムとかもあるけど。」
「それは大丈夫だと思います。俺、色相は濁りにくい性質なので。」
「そうなの?」

公安局の刑事が手首のデバイスで狡噛のサイコパスをチェックすると、その色相と数値に驚く。襲われかけたと言うのに、色相はまったくのクリアカラーだった。

「ほんとだ…お前、なかなかタフだな。普通はこんなことあったら間違いなくセラピー行きだってのに。」
「女でもないですからね。」

男だって普通はそうだぜ、というセリフを刑事は飲み込んだ。

「ま、もしも後々悪化するようなことがあれば公安に相談しに来いよ。なんなら俺の名前出せばいい。被害者窓口のねーちゃん達とは仲良くしてんだ、良くするよう言っとくぜ。」
「名前…」

困惑気に自分を見つめる狡噛に、刑事は自分のほうがまだ名乗っていないことに気が付いた。

「そっか、言ってなかったか。俺は、佐々山光留。刑事課の執行官だ。」
「ササヤマ、さん。」
「おう。」
「執行官だったんですね。」
「あぁ、そうだ。…怖いか?」
「いえ。きっと俺の知らないことをたくさん知っているんでしょうね。…羨ましいです。」
「羨ましい…?」

執行官といえば公安局の中でも潜在犯認定をされた特殊な刑事だ。保護した被害者の中には公安の刑事だからと安心していた態度を執行官だと判った途端に覆し不快感を示す者も少なくない。
だというのにこの狡噛という少年は執行官である佐々山に羨ましいと言って微笑んだ。佐々山にとって狡噛のような反応をされるのは初めてでポカンと口を開けたまま狡噛から目を逸らせなかった。
そんな佐々山の反応に気づいていないのか、狡噛は改めて佐々山を見つめるとその名を呼んだ。

「あの、佐々山さん。」
「…あ?なんだ?」
「俺…卒業したら公安局に入ろうと思います。」

狡噛の言葉に再び佐々山は驚く。この時代、自分の将来について語る者はまずいない。個人の人生は全てシビュラが導いてくれ、夢を持ったところで適性なしと判断されればそこで終わりだからだ。

「公安に入る、ってお前。んなもんシビュラの判定がなきゃ入ろうにも入れないだろ。」
「適性判定くらい出してみせますよ。」

狡噛の言葉はどこか自信に満ちていた。その自信は人に嫌味を与えるものではなく、ただそう信じているから、という純粋な自信だった。

面白い。佐々山の胸に狡噛という少年に対しての興味が湧き出てきて、自然と笑みがこぼれる。

「ふーん。じゃ、それまで殉職しないで待っててやるよ。」
「そうしてください。約束ですよ。」

やくそく。
口の動きだけで狡噛の言葉を反芻した佐々山の笑みが深まる。
濁りにくい色相に、会話から滲む頭の良さ。それだけで公安局の適性があると判断できるものではないが、佐々山は目の前の少年といつかまた再会できるだろうという理由のない確信を抱いた。



初:ぴくしぶ掲載2013.3.9
青々しい狡噛さんに佐々山さんを出会わせたかった話。
最初はここまでのつもりだったのですが、佐々山さんの出番が少なかったので後日談を書き足しました。














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