はるがすみ
[二]倉庫

残り続ける温もり(PP/宜狡)


全てが、終わった。俺が今まで命を懸けてきた事に決着がついた。最後には俺は死ぬだろう、そう思っていた。槙島と相討ちになるか、そうでなくとも俺を不要と判断した公安に処分されるだろうと。
だが俺は、生きている。病室のベッドで目を覚ました時にはいつか友人にかけられた言葉が思い起こされた。しぶとい奴だと、我ながら呆れた。
その友人とはずっと会っていない。俺がベッドに縛り付けなのもあるし、向こうも穏やかに過ごせているとは思わない。そもそも仕事ができるような状態かどうかも知らない。身体的にも、精神的にも。志恩に聞いても「どうかしらね。」とはぐらかされるばかりだった。
そんな日々がしばらく続いたある日、「もう動いていいから、早く行きなさいよ。」と志恩にベッドから追い出された。
どこへ行けと。頭でそう愚痴りながら病室の扉を開けるとすぐ目の前に、まさにその友人の顔があった。

「…ギ、」
「話がある。」

実際に会っていなかった日数以上に懐かしさを感じる友人の姿にふと違和感を覚える。何かと思ってすぐ、あぁ、と合点がいった。真面目な友人のトレードマークともいえる眼鏡をかけていなかった。
それだけでは彼の中に何かしらの変化があったのかどうかはわからない。少なくとも、これまで眼鏡の下にあった彼の顔は何度も見たことのある表情を作っていた。俺が何度どなくさせてきた、不機嫌そうな表情を。
何だかその顔を見ていられなくなって俯いた俺は、そこでもう一つ、見慣れていたはずの友人の姿に変わった所を見つけた。驚いて顔を上げた俺から逸れるように、宜野座は「ついて来い。」と一言告げてさっさと歩きだしてしまった。

**

「…だから。ギノ、今まで本当に…すまなかった。」

宜野座に連れられてやって来たのは公安局員が使用する休憩室の中でもソファがあるだけの小さな部屋だった。確かにここでならゆっくり話ができる。
二人掛けのソファに宜野座と並んで座った俺は、生きて帰ったからにはまずはこの友人に謝らなければいけないと、先に自分の話を聞いてほしいと頼んだ。
俺の話を聞いている間中、宜野座の顔は変わらず不機嫌そうなままだった。そして俺が話し終えて数秒、その表情を呆れ顔に変えた宜野座がため息をついた。

「まったく。お前も俺に話があるというから何かと思えば、謝罪とはな。」
「何なら俺を殴るでも何でもするといいさ。…お前には、それだけのことをしたと思ってる。」
「…お前は長い入院生活でバカになったか?」
「な…!俺は真面目な話を…!」
「いいか、確かに俺はこれまでお前にこれでもかと振り回されてきた。隣にいたはずのお前が何の了承もなくいつの間にか遠いところに行っていた。…この俺の気持ちがお前に解らないとは言わせない。」

そう、その気持ちはよくわかる。自分の傍にあったものが突然手の届かない所に行ってしまう寂しさは。
自分がそれを宜野座にしてしまっていたことも知っていたし、だから宜野座になら何をされてもいいと心から思っている。

「謝罪すると言うが、狡噛。お前は今まで自分がやってきた事に、事の結果に、後悔しているのか?こんなことをしなければよかったと、そう思っているのか?」
「それは違う。俺は自分の行動を否定するつもりはない。否定するわけにはいかないんだ。」
「そうだろう。それなら謝るな。…いや、むしろ謝るべきは俺のほうだな。」

思いがけない宜野座の言葉に驚く。

「なぜお前が謝る。俺はお前に感謝してる。勝手に離れて行った俺を放っておくことだってできたはずなのに、お前は俺を追いかけてくれた。そんなお前に悪いと思いながらも俺は、嬉しかったんだ。お前に甘えていたんだな。」
「確かに俺はお前を追った。だが追うだけで追いつくことも、追いつけないからと諦めることもできずにいたんだ。中途半端だった。本当に相棒だというならもっとお前に協力してやるべきだったのに。俺は意地を張っていたんだ。」

まただ。また宜野座は俺の見慣れた顔をする。俺が何度もさせてきた、悲しそうな顔を。

「これまでの俺はなぜお前や…親父が、大事なものを捨てるような生き方をするのか理解できなかった。進んで間違った生き方をするなんてと腹が立っていた。だが、間違っていたのは俺のほうだった。お前達は大事なものを捨てていたんじゃない、大事なものを守るために生きていたんだと、そんな男の意地ってやつを今になってようやく理解できるようになった。」
「ギノ…。」
「とにかくお前の話が俺に謝るということなら、その話はもうここまでだ。次は二つばかり俺の話を聞いてもらうぞ。」

そう言って姿勢を正した宜野座が真っ直ぐに俺を見る。その視線の鋭さに思わず俺も背筋を伸ばした。

「さっきも言ったが俺はこれまで意地を張ってばかりのガキだった。だからこれからはもっと素直になることにした。」
「素直に、って、うわっ…!」

唐突に宜野座に腕を引かれ、せっかく正した姿勢が崩れる。宜野座を押しつぶすことだけは何とか回避したが病室の扉を開けた時以上に彼の顔が、近い。

「まずは一つ目。いいか、俺はな、狡噛。お前との位置関係が気に食わないんだ。」
「い、位置?」

俺の動揺を気にもかけず宜野座は話を続ける。

「どうも俺はお前に守られる位置に甘んじていたようだ。まぁ俺にも非はあるが、お前だって俺の事をあまり強くないだとか童貞だなんだと散々からかってきたようだから、狡噛お前にも原因はある。そもそも背だって俺のほうが高いし、お前ほどじゃないが鍛えてないわけじゃない。だから…」
「っ…!」

一旦言葉を切った宜野座にさらに強く腕を引かれる。とてもじゃないが自分を支えきれなかった俺は、宜野座の上に倒れこむ。せめてかかる体重だけは減らそうと必死に腕で支えをとる。

「ほら、それだ。」
「なに、が…」

ここまできても宜野座は必至な俺に構わず話を続ける。

「こうやって俺がお前を引き倒したというのに、お前はなるべく俺に体重がかからないよう辛いだろうに身体を支えている。そういうのがいらないと言っているんだ。」
「お前は人の努力を、」
「うるさい。俺にだってお前一人くらい支えてやれる腕は持ってる。」

そういって宜野座は自分の左手を見る。彼の父親がそうであったように、銀色の輝きを持つ左手を。

「この腕だけじゃない、俺にはこれまでに積み重ねてきた想いがある。…あぁ、それに関しては俺一人の分だけじゃないからな。お前はさっき俺に謝ったが、お前に気持ちを揺さぶられてきた奴は何も俺一人じゃない。わかっているか?」

そこにきてようやく宜野座は微笑みを浮かべた。もうずっと、長いこと見ていなかった微笑み。執行官に落ちた時からはきっともう自分に向けられることはないと思っていた顔。

「…二つ目だ。いいか、俺はな、お前の事が好きだ。」
「…え?」

不意の微笑みにぼうっとしていた俺は、掛けられた言葉を咀嚼できずに思わず間抜けた声を発する。

「ずっと好きだった。意地を張っていたせいで気づいていなかったが、お前が生きていると知った時、唐突に納得した。」

言われた内容に、そしてそれを言われた距離の近さに思わず顔が赤くなる。そんな俺の顔を宜野座の左手が撫でる。

「今までお疲れ様。そして、生きていてくれてありがとう。」
「あ…」

頬を包む宜野座の手と、笑顔のままの顔から伝わる優しさに、涙がこぼれる。

「俺が言うのもなんだが、これからはもっと気を抜いて生きろ。願わくば、俺の隣で。」
「…まだお前の隣にいさせてくれるのか…?」
「当然だ。というよりも、もうお前を離すつもりはない。どこにも行かせない。佐々山の分も縢の分も親父の分も、これから俺が皆まとめて愛してやる。覚悟しておくんだな、コウ。」

近づいてくる顔に目を閉じれば溢れる滴が頬を伝った。それを掬った指と触れた唇から伝わる温もりに幸せを感じながら、俺はただ、涙を流し続けた。



初:ぴくしぶ掲載2013.3.15
宜野座さんは本気出せば格好いいと思う、と思ってる派です(?
こぱすは新作を欲すると同時に新作ができる=狡噛さんがどうなるかわからない怖さがあるから嫌だなジレンマに陥りますね。














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