はるがすみ
[二]倉庫

挨拶は時の氏神(PP/雑+槙+狡)


「なぁ、どうなんだ、狡噛。君はこの後、僕の代わりを見つけられるのか。」


「いいや・・もう二度とごめんだね。」


金色の稲穂を抜けた先。丘の上で最後の時を噛みしめるように、静かに言葉が交わされる。運命づけられた二人の男の物語がまさに――
「!?」

「何だ・・!?」


狡噛と槙島の間に突如何かが割って入る。

真横から飛んできたそれは、分厚い紙の本だった。


「そこまでだ、お前ら。」

「雑賀先生!?」

「・・あなたは?」


驚き本が飛んできた方へと振り向いた狡噛が見たのは雑賀譲二の姿だった。

雑賀の事を知らない槙島は驚きと共に疑念の視線を向ける。


「先生!一体なぜ、こんな所に?」

「お前を送り出したのはいいがどうにも惜しくなったもんでな。」

「俺を止めに来たと?」

「正確にはお前らを、だな。」


雑賀は狡噛と槙島を交互に見やる。歳を重ね決して屈強には見えない雑賀の姿は、しかしどこか有無を言わさぬ空気を纏っている。恩師から普段とは違う圧力を感じる狡噛だが雑賀の言葉には納得ができなかった。


「先生、俺は、やると決めたんです。だから先生にも手伝っていただいた。今更やめろというのは、いくら先生の言葉でも受け入れられません。」

「一度手伝った手前、そう言われると返す言葉はないが。まぁ老婆心てやつだな。可愛い教え子をむざむざ失いたくなくなった。」

「ですが、先生・・」


突然現れた雑賀にもその言葉にも動揺が収まらない狡噛は続けざまに反論を口にする。そして二人のやり取りを見ていた槙島も納得のいかない様子で口を挟んだ。


「先ほどから黙って聞いていれば、あなたは一体何なのかな。」

「ただの教師だ。・・元、な。」

「一介の教師がこんな所に来て何ができる?僕の事は狡噛から聞いているようだけど、それなら尚の事、今ここで僕があなたを殺す可能性だってある。そうは思わなかったのかな?」

「生徒の喧嘩を仲裁するのも教師の務めだからな。それに、ガキの喧嘩を止めるのに苦労するほど俺は耄碌しちゃいないさ。」

「喧嘩・・って、先生、」

「雑賀、といったかな。君も僕たちを侮辱するつもりか。」


ガキの喧嘩。雑賀から出た言葉に狡噛と槙島は同時に眉を顰める。


「お前は自分のやってることが侮辱されるほど高尚なもんだと思ってるのか。」


二人分の非難を受けても雑賀の空気は揺るがなかった。


「狡噛からお前の話は聞いてるよ、槙島聖護。悪趣味な面もあるが基本的なセンスは悪くなく頭の回転も良い。狡噛とよく似ている。そんな男二人が揃って何をしてきたかと思えば・・・だ。俺からしたらお前らのやってることはガキの喧嘩だ。喧嘩を止めることが侮辱も何もあったもんじゃない。」

「随分な言い様だね。」

「狡噛にとっちゃ大事な部下の敵だからな。こんな言い方は気に食わんかもしれんが。少なくとも槙島、お前の行動はガキが駄々をこねているのと何も変わらんさ。」

「・・狡噛の恩師というだけのことはあって面白いことを言う。」


雑賀が旧大学施設での狡噛と同じような言葉を投げた。狡噛にそう言われたときは否定の意味を込めて返した槙島だが、今度は返しが口をつくのに時間がかかった。内容はほとんど変わらないというのに雑賀から発せられたそれは確定された事実のように槙島に突き刺さる。


「先生、言ったはずです、俺は俺以外がこいつを殺すことは想像できないと。もうやめることはできない。」

「僕も狡噛と同意見だ。僕はもう、狡噛以外に殺されることは考えられない。」

「そりゃお前ら、どっちがどっちに殺す殺されるの話だろ。俺は別にお前らを殺しに来たわけじゃない。いいか、自分が殺すだの殺されるだの考える前に、二人が生きる道を考えろ。」

「「・・二人が、生きる?」」


雑賀の言葉を即座には咀嚼できないというように二人が呟いた。同時に言葉を発したそのことにさえ気付いていない。

続く言葉がなくしばし黙り込む槙島と狡噛。それでもまず槙島がやはり納得できないというように少しだけ肩をすくめると口を開いた。


「狡噛の師のようだが、随分と甘いものだ。僕たちはもう止まらない。これは僕たちだけの問題だ。」

「そうです、先生。俺は雑賀先生を含め皆の元を離れた時点で、自分とこいつのことだけを考えると決めたんです。」


あくまでこの関係を変えることはできないという槙島に、狡噛も同意を告げる。繰り返し出される反論に、雑賀は大きくため息をついた。


「まったく。ガキ共がごちゃごちゃと言ってるなよ。・・狡噛、槙島、二人とも手を出せ。あぁ、狡噛はまずその古臭いリボルバーを放せ。」


狡噛と槙島はますますもって眉間の皺を深める。言葉通りに動かない二人にしびれを切らした雑賀はまず狡噛のリボルバーを取り上げると、自分の手で狡噛の右手と槙島の左手を一度だけ握りしめ、放した。そして雑賀の行動について行けないという表情を浮かべた槙島と狡噛の頬を、立て続けに引っ叩いた。


「っ・・!」

「せんせ・・っ!?」


予想だにしなかった雑賀の行動に雑賀が現れた時以上の驚きを見せる二人。一方の雑賀はひとつすっきりした顔をすると腕を組み、さも当然というような顔をして二人を交互に見た。


「子供の喧嘩を治めるには殴り合うのが一番だ。シビュラ以前からの知恵・・いや、常識だな。だが今のお前らにそれをやらせたらただの殺し合いになるだろう。だから代わりに俺が殴った。ひとまずこれで休戦だ。いいな。」


狡噛は未だ起こったことも言われたことも理解できないのか唖然とした表情を崩せないでいるが、槙島は一度だけ目を丸くすると、声を出して笑い始めた。


「ふ、はははっ!面白いな、あなたは。あなたの言うことなら聞いてみるのも楽しそうだ。」

「槙島!?」

「そうか、そいつは良かった。」


愉快だと、槙島は笑い続ける。仇敵の変容に不愉快だと、狡噛は睨み付ける。その視線に気づいた槙島はこみ上げる笑いを抑えてから言った。


「でも、そうだね。僕はいいけど狡噛が納得しないだろう。」

「解ってるよ。これでもずっとこいつを見てきたんだ。しかしな、だからこそ狡噛ならお前と共存できるだろうと踏んだんだ。こうして実際に話してみてそれがよく分かった。結局のところお前らは似た者同士だからな。」


狡噛は随分と困ったような顔をして雑賀の視線を受けた。雑賀の言葉であるなら受け入れようとしたいが、やはり納得するのも難しい、そんな表情だった。


「先生、俺は」

「狡噛。お前さんには悪いとも思ってる。だが俺の気持ちも察してくれ。お前が大事なんだよ。」

「先生・・・」


先ほどの圧を感じさせる雑賀も、今のように優しい目を向けてくれる雑賀も、狡噛にとってはこれまでずっと信じ慕ってきた雑賀そのものだった。雑賀とは議論を交わすことはあっても面と向かって相手への心情を告げることも告げられることもなかった。その雑賀から率直に出された言葉が狡噛の心に痛いほど沁みていく。


「・・それはちょっとつまらないな。」


槙島は先ほどまで抑えるのに苦労していた笑みを一切出さずに呟いた。言葉通り不機嫌を顕わにして。


「僕は狡噛と生きる世界を想像した時点で俄然彼に興味がわいた。あなたの言う通り彼は僕だからね。そんな彼を手に入れたいと思った矢先にそんなやり取りを見せつけられるというのは実に不愉快だ。」

「嫉妬か。良い傾向だな。」


あくまで余裕を崩さない雑賀を槙島は睨み付ける。雑賀は、そういうところが子供なんだ、と思ったが口には出さずに留め置いた。


「まぁ心配するな。狡噛は大事だが、俺はもう歳だからな。若い者には敵わん。お前の邪魔をするつもりはない。お前が狡噛を壊そうとしない限りはな。」

「・・肝に銘じておこう。」

「それに狡噛の良いようにするための手助けはいくらでもする。こいつは頭はいいくせに自分に関しては鈍感な部分もあるから、そういった意味じゃお前に悪くなる話じゃないだろう。」

「ちょと、待ってください先生。今のはどういうことですか?」


雑賀と槙島のやり取りに一人置いて行かれたような気分で焦る狡噛。これまでその鋭い嗅覚と知性で事件の真相を掴んできた姿とは随分と印象が違っていた。そんな所も可愛い生徒だと、狡噛からの問いかけには答えずに雑賀は一人納得する。また槙島も、自分を追い続けてきた男の新たな側面を目撃したことで気分が上がるばかりであった。


「さて。そうと決まったら出発するぞ。」

「先生、説明を・・出発?出発って、先生、当てはあるんですか?」


唯一この件に納得していないはずの狡噛が、雑賀の言葉に返した問いは「当てがあるのか」。槙島も連れて行くのかだとか、自分は納得していないだとかいう疑念でも反論でもなかった。雑賀は、狡噛の根底にあるこういう優しさが好きだった。シビュラの時代に生まれながら誰よりも他人に優しい狡噛だからこそこれ以上何も失わせたくないと、雑賀は思うようになったのだ。


「俺の家、と言いたい所だがあそこにお前らを連れて行くのは得策じゃない。ひとまずは俺の知り合いが提供してくれた場所があるからそこへ行く。車も用意してきた。」

「・・その前にちょっといいかな。」


まさに動き出さんとする雑賀を槙島が遮る。


「なんだ。」

「さすがに傷が疼くんだけど、止血くらいしてもいいかな。」

「あぁ、忘れてたな。」


ずっと普通に会話をしていたから気に留めていなかったが、槙島の身体からは未だ血が流れ出ている。


「ふむ・・狡噛。」

「なんですか?」

「お前がやってやれ。」


雑賀の言葉に狡噛は目を見開く。何を言っているんだと訴えるその目にに雑賀は苦笑して続ける。


「仲直りの第一歩だよ、狡噛。お前が切った傷だろ?ならお前が止めてやれ。」

「・・・僕は自分でもできるけれど。」

「うるさい。・・俺が、やる。」


さすがの槙島も狡噛の複雑な心情を察したのか、自分でやると申し出た。その槙島を一喝し、狡噛は小さく呟く。そして自分の手元にあるものをうまく使って槙島の傷口を止血し始めた。


「・・なんだか、いいものだね。」

「喋るな。止血しにくい。」

「今までこんなことしてくれる人はいなかったな。」

「うるさいと言ってるだろ。傷口開けるぞ。」

「君にならいいよ。」

「・・・頼むから黙ってろ。」

「ふふ、わかったよ。」


狡噛は文句を言いつつも的確に止血処置を続ける。文句を言われた槙島は要望通り黙ったものの、顔から笑みを消すことはなかった。


「・・これでいいだろ。」

「見事なものだね。ありがとう。」

「・・・・。」


槙島から素直な礼が飛ぶ。受けた狡噛は瞳を揺らし、戸惑うように俯く。そんな様子を眺めていた雑賀には槙島と狡噛が人としてこれ以上なく気の合う存在だとしか思えなかった。


「(人ってのはこれだから面白いんだな。)」


人と人との関係が希薄となり、気の合う者同士がただ普通に出会い、ただ普通に付き合っていくことが少なくなった時代。そんな時代でこれほどまでに強い繋がりを持つ者達が他にいるだろうか。雑賀は自分達がもう忘れかけている人と人との関係をこの二人が築いてくれればいいと願う。そしてその関係が、今の社会を変えるきっかけになるのでは、とも。

雑賀がそんなことを考えている間も狡噛はまだ頭を俯かせたままだった。そんな狡噛の様子を見て一つ微笑むと、雑賀は狡噛の頭を軽く叩いた。


「行くぞ。出発は早いほうがいい。」

「・・はい。」


先立つ雑賀の後を狡噛がゆっくりと追い、そのまた後ろをさらにゆっくりと槙島が続く。

先頭を行く雑賀が少し動かした視線の中に、槙島に手を伸ばしてやる狡噛が映っていた。







「ところで先生、先ほど投げた本は何だったのですか?」

「そういえば置いてきてしまったけれど、いいのかい?」

「あぁ、いいんだ。もういらんものだ。」


・・何せ、『子供の心理学』だからな。



初:ぴくしぶ掲載2013.4.3
せきさんが何かのインタビューで槙狡は「一度喧嘩したら仲良くなる」的なことを言ってたので雑賀先生のお力を借りました。
自分には雑狡(ってほどではないですが)は難しいなと思っていたのですが、ふぉろわさんにぜひと言っていただけたこともあり。
カプ表記迷ってとりあえず三人+にしました。














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